LUZの熊野古道案内

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2005年 08月 12日

熊野の旅 国道42号線 船石

 大きな災害事故のあった現場からすぐ上には大きな岩が見えています。
 のっべりとした大きな丸石が顔を出した感じです。
 周りの山々が緑一色なだけに、この岩は非常に目立ちます。
 遠くは太地の梶取岬(かんどりみさき)から見えています。陸路42号線を走っていても、熊野方面が見渡せるところの出れば必ず目に飛び込んできます。しげしげ見れば、さほど白いことは無いのですが、木々の色との対比で白っぽく輝いて見えます。
 海の上から見れば、晴れていればずっと見えています。昔は梶取を回った船は黒潮に流されないように、陸伝いに志摩半島の大王崎(だいおおざき)を目指しました。そのためにはこの巨石は大切な道しるべでした。
 ここの地名は『船石』(ふないし)といいます。
 国道42号線を上り方向に走ってくると、この手前から登坂車線が始まります。
 直線区間の無い佐田坂では見通しの良い場所はありません。それに、急斜面を削ってつけた道路ですから、あまり長い登坂車線も作れません。
 この登坂車線もほんの少しまっすぐしていたかと思うとすぐに『尾地山橋』と言う橋にかかり、ヘアピン状態になります。おまけにヘアピンを抜けるとすぐに登坂車線が終わります。追い越しのために加速を始めても、シフトダウンしてアクセル全開しないとヘアピンまでには追い越しは終わりません。ヘアピンを併走しながら抜けてゆくと言うレース場さながらの光景になります。
 追越をかけられた側は減速しないとこのすぐ先で行き場がなくなります。
 ここのヘアピン区間を走るために、深夜若い衆が集まった時期があります。いわゆる「峠族」です。通行料が少ないとは言え結構迷惑な存在でした。ことに、女の子一人の車では通行しにくい状態でした。最近では暴走したいと思う年の若い衆が減ってしまい「峠族」も居なくなりました。
 私の若いときは真夜中に「日光いろは坂」や「箱根」に走りに行きました。ラジアルタイヤになる前で、のべつスピンしていましたが、あの頃のいろは坂など全く車が無かったですね。国道でダートの練習が出来た時代ですから・・・
 写真は尾地山橋上で日常的に繰り返される自動車レース?風景です。
 後ろに見える岩が船も道しるべになった岩です。標準レンズでとってこの大きさです。
 
カメラは

by je2luz | 2005-08-12 11:21 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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