LUZの熊野古道案内

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2005年 08月 11日

熊野の旅 国道工事の犠牲

 昔の土木工事には犠牲者が付き物でした。
 どんな崖の切り取りも人力だやっていたのでそれが当然とされました。そして、道路わきにはその人たちを供養するお地蔵さんが祀られている事が多いのです。
 この42号線は最初の工事は昭和20年代、改良が昭和44年から45年ごろです。地形が悪い割りに事故が少ない工事でしたが、一般的な崩壊事故ではない集中豪雨による飯場流失事故によって、大きな犠牲を払いました。
 佐田坂で唯一つ大きな沢を渡る場所、船石で尾地山橋(おじやまばし)のたもとに飯場を作っていたため、集中豪雨で飯場もろとも人夫の人たちが流され23名もの方がなくなりました。近代の道路工事では特筆すべき事故であります。
 慰霊碑には今でも花が絶えることはありません。区間で一番厳しいヘアピンの橋ですが、この人たちが守ってくれるのか重大事故がおきません。
 古より道を切り開くには犠牲が付き物です。どの街道、どの鉄道にしてもその沿線には一杯の供養塔やお地蔵さんがあります。
 かつて、人々が歩いていた頃にはこうしたお地蔵さんがあると、必ず手を合わせ、路傍の花を手向けたものです。無事に旅が出来ることに感謝し、これから先の無事をお願いしたのです。今の旅人にはその心がかけています。
 『ありがたい』が無いので、同じ景色を見ても心に響くものが減ってしまっているように思います。同じ旅をするのなら、少しでも多くのものに感動する方が得だと思います。
 地の果て熊野に遠いとは言え、砂利道一つ通らなくてこられることを感謝すれば東京からの550Kmも遠くはなくなるのでは・・・

カメラは

by je2luz | 2005-08-11 12:51 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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