LUZの熊野古道案内

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2011年 11月 27日

熊野の旅 台風12号はまだ…

 台風12号からもうすぐ3ヶ月になります。
 日常生活は普通に戻ったように見えますが、被災した場所は事実上何も回復はしていません。
 「とりあえず」という応急処置はされて居る場所が増えただけです。
 先日、七里御浜の堤防破損箇所で載せた写真のような巨大な土嚢がそれこそ無数に使われているのです。
 復旧に向けては、前回も巨額な補正予算を計上しましたが、12月定例会のも30億円にのぼる補正を計上します。
 併せて50億にもなる災害復旧費…
 年度内どころか来年度でも使い切れるはずがありません。
 これは、災害が起きてすぐから私などが言ってきたことです。

 やられた所は気の毒なんですが、もはや「土建屋」も激減しているし、臨時の人夫を引き受けていた百姓のおじさんおばさんも高齢者で使えません。
 いや、「土方の手間取り人夫」にも出られないくらいですから、集落出会いでの「水路復旧」「農地回復」も出来ないのです。
 むかしなら、「材料支給」で直ったはずの割と小規模な被災箇所も全部役所の仕事になっていますから、とてもじゃないが土建屋が足りません。
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 この端正な姿のダムは『七色ダム』です。
 このダムと下流の『小森ダム』の放水が流域の水害を大きくしたと言われていますが、立証など出来るはずも無く…
 「七色ダム」は流域のでの山崩れが少なく、洪水で濁っても割合と早く水が澄む物です。
 今回は上流でものすごい数の山崩れが起き、細かい赤土の粒が流れ込んだので三ヶ月ほど経っても「黄土色」に濁ったままです。
 このダムに流れ込む川の水はすぐに澄んで居るのですがダム本体は変わりません。
 流木もまだ浮いたまま片付けるのが何時やら変わりません。
 自分所だけさっさと片付ければ下流の手つかずの被災地の神経を逆なでしますからやらないのかも知れません。
 何しろ、差し出した義援金の500万円の受け取りが保留されているくらいですからね。(熊野市はさっさと受け取りましたが…)

 このダムも築後40年を超えたはずです。
 どう見ても老朽化しています。
 でも、30年の更新期を50年に延ばして居ますから、法的にはまだ40年間は「電源開発」の好いたようにすれば良いのです。
 おまけに、その時の法改正で、「更新期」でさえ地元は意見すら言え無くされているのです。
 ある意味では「原発」以上に怖い改正がされた代物です。

 戦後の復興に故郷の山川、果ては海岸線まで犠牲にして協力した吉野熊野の先人達…山間の墓地の中で悔やんでいるかも知れませんね。
 一部は「無縁様」になって居いるし、墓ごと都会に持って行かれた人も多いでしょう。

 「熊野川総合開発」はダムを造るだけでは無く、この流域を振興させるという国家プロジェクトだったはずなんですが…
 今ではこのダムを管理するために有馬町に駐在した大勢の「電源職員」もほとんど居ません。
 「合理化」で人が居なくなり、儲かるのはそのシステムを納めている業者だけです。

 いつの世も田舎はお国のために積極的に協力し、後で泣きを見るのかも・・・
 大昔は百姓が戦にかり出され、米は略奪され、近代に入ってはお国のために夫や息子を戦地に送りお寺の鐘まで供出し、戦後はお国の復興と都会の繁栄のためにダムを作らせ故郷を壊し、はては子供達を働き手として全部輸出し…
 限界集落から廃村になっても「ダム」はのこり、お国のために働き続けます。

 
熊野市周辺地図です
 


 

by je2luz | 2011-11-27 10:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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