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LUZの熊野古道案内

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2011年 11月 20日

熊野の旅 昔のお盆は・・・坪田家

 記載ついで…
 ???これでは失礼ですね。
 大農家の坪田家文久三年当時のお盆についてです。
 七月はお盆の月です。当然、旧暦ですけどね。
 朔日とありますから「七月一日」にお盆が始まるようです。

 7月1日 氏神様参詣、お寺大義院へ仏参り、お茶漬けをいただく
 7月7日 子供七夕祭り 分家などから御神酒が届いたようです。
 7月13日 大掃除 「仏壇を荘厳にして精霊を迎える」とあります。この仏様を迎えるのは今もあります。
 7月14日 「盆賀」と言って 素麺・酒・白米などを分家筋や近村の百姓から貰ったそうです。私が子供の頃昭和になってもこれは続いていました、「年賀」に対し「盆賀」なんですね。私達は「正月の礼」「盆の礼」と呼びましたけどね。
 7月15日 「忠言の祝賀」といって家内中でめでたく祝ったそうです。このひに大義院の末寺では「村施餓鬼」が行われたようで、この行事は今も変わりませんね。
 7月16日 庚申祭で大義院にお参り
 7月20日頃まで「お盆の礼回り」が続いたようでこちらには「素麺」の他に「塩鯖」「干し鰺」などという生臭物も入っています。
 仏事では無く「お中元」かな?
 7月22日 無かの若い衆によって盆踊りが行われています。

 まあ、こんな所が行事みたいです。
 初盆についての記載はありませんが、今では7月7日から「初精霊」の灯籠をまつり、施餓鬼棚などしつらえます。
 日にちが違ってもこの風習も変わっていないと思います。
 昭和の真ん中辺から急速にどうでも良くなっていったようですが、色んな所は私が子供の頃とはそんなに違いません。
 盆踊りなんてのは、昭和20年代から30年代にかけては娯楽をかねて何回も行われましたね。
 各寺の施餓鬼の晩、灯籠焼きの晩、さらには各小学校の運動場で青年団の盆踊り…郡上踊りほどじゃないですが毎晩やっていましたね。
 そのせいか、飛鳥の人は「やっさのせ」が大好きで、「老人会」や「郷人会」なんてのになると踊りますね。
 飛鳥人の多い桜井でもそうだったようです。いまでは音頭取りが居なくなってきたようですけどねえ…

 お盆には他所に出て行った若い衆も帰ってくるし…夜の行事だし…これが縁で???…このせいで???結婚する若い衆も居たもんです。
 まあ、その昔は「夜這い」なんてのがあったので盆踊りが無くても…だったかも知れません。

 私が大人になる前に「夜這い」は無くなるし「売防法」は出来るし・・・、「風俗」なんてのは闇の家業でしたし、さらに「お持ち帰り」なんてのはまだ始まっていないし…
 神代の時代は別にして、女の子が一番神聖に見えた時代に青春時代を送りました。
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 これは昨年の大又坪田平の盆踊り風景です。
 文久三年は1863年ですから、150年ほど前の日記にある盆踊りは大義院の末寺と言うことなので、この辺りでは無いでしょうか?
 一世代30年として、この音頭取りは5代下った位なのかも知れません。
 おそらく文句は変わっていても、基本は「やっさのせ」で変わっては居ないでしょう。
 「坪田家」はこのすぐそばです。

 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-11-20 10:15 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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