以前にも書いたのですが、この辺りには「庚申様」があちこちに祀られています。
山に入ると「山の神」、里に下りると「庚申様」って感じです。
商売人が少ない地区では「稲荷さん」は少ない感じですし、「お地蔵さん」もきちんと祀られているのが少ない所です。
「道祖神」もあまり見ないような…
なんだかぽつんと立っている灯籠が「キシタン灯籠」だったり…
こんな風な「任官進行的な物は地方によってかなり違うんでしょうね。
私が子供の頃、「今日は庚申様の日だから…」なんて大人が言っているのを聞きましたが、別にお祭りの非でも無し。なんだかよく分らないことでした。
それに市内飛鳥町小阪では、物が無くなったり、『人が行方不明になると、「庚申様」の祠を荒縄で縛り上げていました。
しめ縄では無く荒縄で、縛り上げていたのです。
効き目があるとか聞きましたね。
「神様」を縛り上げちゃうものすごい信仰です。
「庚申様」と言えば「秋葉さん」同様、すぐに「たたる」と言われる気の荒い神様なんだそうですけどねえ…
これも、「熊野市史」をちょいと拾い読みするとそれらしい記述があります。
昔は、地域ごとに「庚申様」を祀って、きちんと決まった日には身を清めてまでお籠もりしたんだそうです。
この日は女の人に触れてもいけなかったとか…
「講」の中心になったりもしたようです。
と言うことは、集落の生活に密着した大事な神様だったのですね。
そして、あまりよろしくない神様らしくて。「庚申様の日」に生まれた子供は「盗癖」があるなんて言われたんだそうです。
だから、物が無くなったら庚申様を縛り上げるのか、そちらに効く神様だからその日に生まれる子は盗人になると言われるようになったのか…
今の人は「星座占い」だとか「血液型占い」なんてのに懲りますが、元々日本人はこんなのが好きなんですね。
「庚申様」てえのは、60日とか60年に一回回ってくるのだそうです。
年に6回…1/60の確率で「盗癖のある子」が出現する…なんだか確率的には合っているような気もしますが、それと「庚申様の日」が重なるのかどうかは疑問ですね。
先日、阿田和の庚申様がお祭りをやっていましたね。
カメラを持っていなかったのでよりませんでした。
考えてみれば、一応携帯電話のカメラでも写真は撮れるんですよね。
あの庚申様は近所の人によっていつもきれいに掃除されています。
「庚申様」が盛んだった頃から続いているのでしょうね。
江戸時代にはあちこちで盛大にお祭りが行われたようです。
正月・五月・七月・九月・十一月…???一回足りない???