LUZの熊野古道案内

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2011年 10月 16日

熊野の旅 秘湯? 紀和町湯ノ口

 紀和町の湯ノ口温泉は「秘湯」なんて呼び方をされる事があります。
 これって、ありがたい事では無いんです。
 宣伝もせず、ひっそりと営業しているのなら、「秘湯」と呼ばれるのも良いでしょう。
 三重県も旧紀和町・新熊野市も宣伝を繰り返し、お国の助けを借りて枯れかけた泉源を新しくボーリングし…黒字転換の見込みが無くても維持しているこの温泉が「秘湯」ではねえ…
 観光本などこう工呼ぶのは、「客が来ないから…」なのかも知れません。

 日帰り湯の「湯ノ口温泉」は安いです。
 大人400円、子供200円…回数券だと13回で4000円です。
 銭湯より安いのでは無いでしょうか?
 熊野市中心部からそんなに遠い訳でも無し、ここの利用者は近隣の人がほとんどみたいです。
 閉まる頃の時間は地元とここの関連の人ばかりって感じです。
 温泉に掛かる入湯税は150円です。それからしても安いです。

 瀞流荘の方だと、熊野市ご自慢の「雉鍋」だとか「熊野地鶏」なんてのがでますが、雑誌で書くほどわざわざ食べに来る人も少ないですからねえ…
 それに、瀞流荘の浴室は「温泉場」のイメージとは少し違うんです。
 地元の利用方法に「リハビリ」なんてのがあるのですが、それが出来るようなプール施設が雰囲気を壊しています。
 温泉としては「湯ノ口」の方が問題なく良いですね。
 瀞流荘は建物も高度成長時代に田舎人が好んだ、「近代的」な建物で、わざわざ田舎に来てこんな建物に泊まらなくても…と都会人に思われそうなものです。
 思った事を意識しなくても、「ワッ! すてき!」とは思いません。
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 ずいぶん悪口を書きますが、口にしないだけでこうした事は観光客も感じるし、マスコミの取材陣もどこかで感じているはずです。
 日帰り温泉が400円でもそれがどうなのよ?
 この料金につられて名古屋・大阪から走ってきますか?
 たまたま来た都会人が、「へーーえ、安いんだ!」を思うだけでしょう。
 これが現実の「観光」ですね。

 「丸山千枚田」でも、三重県・旧紀和町・新熊野市が力を入れて維持はしているし、「良い所」には違いありませんが、「田植え」「虫送り」「稲刈り」なんてイベントも本当の意味の観光にはなっていませんね。
 人に来て貰うのに隠れ予算を含めて巨費を投じます。
 もちろん当日の採算など合わないし、後の日々は閑古鳥です。
 そして、例え人が来ても金にはならず…
 それを当てにして作ったお店など開いているのも見た事が無いのです。
 私が通るときがたまたまお休みなのかも知れませんけどね。
 これも、官製観光の現実です。
 「そんな事無い!」と、反論が出そうですが…
 それではその人達に先の事が見えているのかな?
 予算って他にも足りない部分が一杯あるんですからね。
 「自分が好きだから」だけで良しとは出来ないんですけどねえ…

 そんな事を抜きにすれば…
 「湯ノ口温泉」はひなびた「すてきな秘湯」ですよ。 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-10-16 08:56 | 熊野 | Trackback | Comments(15)
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Commented by 名無し。 at 2011-10-16 10:58 x
非難ばかりですが…あなたならどうしますか?
どう工夫や宣伝をしたら発展するとお考えですか?具体的なビジョンを聞きたいものです…
Commented by je2luz at 2011-10-16 14:20
 申し訳ございませんが、以前には10年ほど無休・無給で地場産業振興と対外的な物産展やPR活動に走り回った事があります。
 今のように手厚い保護が無かったですが、今のような内向きのイベントではありませんでした。
 今やっているほとんどはのは目に見えよい内向きキャンペーンです。

 「いこらい市」なんてのは地域興しなんてもので無いが分らないのが困りものなのです。
 だんだん官製イベントに成っちゃうし…
Commented by 権兵衛 at 2011-10-16 19:24 x

「湯ノ口温泉」。 良いところですね。
紀和には、 「清流荘」 もありますね。
紀南、熊野地区には温泉が多いですね。
最近出来た 「熊野倶楽部」 は新しいですね。
大人700円ですが、
タオルを持たずに行ってもオーケーですね。
むかし、 「あたしか温泉」 に行ったことがありましたが、
随分長く行ってないので、今は知りません。
熊野市から長尾山の下、育生を通って行ける、
「おくとろ温泉 きたやま」 も今年リニュアールして新しくなりましたね。
大人500円です。
個人的に好きなのは、少し遠いですが、宇久井の休暇村です。

Commented by 権兵衛 at 2011-10-16 20:19 x
追記
「あたしか温泉」
中学生以上 600円
70歳以上  500円
10時から22時まで
Commented by tessar-holic at 2011-10-16 21:39
新鹿温泉は熊野市がボーリングしたものです。
温泉施設をやると言う地元出身者に譲渡して入湯税まで半額に下げたのですが採算合わず・・・
温度が少し低く、加熱しなければならないので客が居なくてもランニングコストがかかります。

 竹下登の「ふるさと創生基金」のばら撒きが日本中に温泉の乱立を招きました。
 温泉がないと観光地じゃないが、温泉があっても観光地ではない時代になったのです。

 新鹿も浅いところの冷泉には少し硫黄分があったのですが、「温泉」の温度に達した時には単純泉でした。
 硫黄分があると海が近すぎて漁業への影響が心配されたのです。
 温泉としては硫黄分があると格好よいのですが、総合的にはそうも行かないのです。
 漁業を殺してまでやることではないですからね。
Commented by 権兵衛 at 2011-10-16 23:10 x
あたしか温泉が
いまは、どなたが経営してるのか知りませんが、
最初の方はすぐ手放してしまったから、
もともと厳しい状況だったんでしょうね。

あのころは、バブルへ向かって、いけいけで、
温泉ブームもあって、たくさんの温泉施設が出来ましたね。
日足のさつき温泉も、竹下さんのふるさと創生基金だったように
思います。

民主党のこども手当がばらまきだと言われますが
あんなものではなかったですね。

いま、みなさん、懸命に努力をして、
頑張っていらっしゃると思います。

かつて経験したことのない不安定な気候、気象だけでなく、
世界的な経済不況も、深刻な状況に陥っています。
明日はどうなるのか、来年はどうなるのか、
子供や孫の時代にはどうなるのか、
長い時を見据えて展望することが喫緊の課題だと思います。
Commented by je2luz at 2011-10-17 19:21
権兵衛 さんへ
 ***
 最初の業者さんはバブル崩壊で本業の方がおかしくなり、故郷に錦のための事業までお金が回せなくなったようです。
 そして、施工業者さんが代金のカタで引き取ったとか言う噂がありました。実態はどうなんでしょう?

 そもそも、「新鹿」に押すな押すなの客が来ると考える方がおかしいです。
 日本全国そんな考えなんですけどね。
 そんなにうまい話なら「夕張」はあんなになりません。
 マスコミがこぞって絶賛した「観光立市の町だったのですから…
Commented by 名無し at 2011-10-17 21:05 x
結局、具体的な観光活性プランなんて聞けないのでしょうか?
今が手厚い保護…行政主導とか…ではなく、どうしたら熊野が元気になるとお考えなのでしょうか?こんなに観光素材はあるのに…
それとも、何も…プランをお持ちではないのですか?非難だけで前に進みます?
非難なら誰でも出来ますがね。
Commented by je2luz at 2011-10-19 19:16
名無しさんへ
 ***
 私は観光では飯は食えない…という主義です。
 「熊野古道」もお遍路道です。温かく迎えるのが本筋で、「金にしよう」なんてのはおかしいでしょう。

 我が子かわいさでしょか…ここのものがすごくすばらしいと言いますが、本当にそうでしょうか?
 語り部さんの話す事は良い事ですが、日本で果たして上位に上がる話題とか歴史があるでしょうか?
 好きな人には来ていただいて、歩いていただければうれしい話ですが、「観光産業」なんておかしいです。
 世界遺産指定自体疑問符がある場所ですからね。
 厳しいようですが、松本峠なども普通の街道なんです。

 予算を付けて便乗事業をやるのに好都合だっただけです。
 便乗で作った施設が客を増やしましたか???
 ずっと、赤字補填をするだけです。
Commented by 名無し at 2011-10-19 21:44 x
丁寧な回答有り難うございます。
私は素晴らしい場所とは思っていません。素材はあるのに…活かすことをしていないと感じています。特に諦めた感じ…好きではありません。なにも行動せず、現状に不満を持つ。一方でプライドだけは一丁前。
このままだと滅びるでしょう。人の流失は止まりません。高齢化だけが進だけ。それでいいのでしょうか?この保守的でプライドだけ高いこの場所は何も失うものはないのに…
あなたの諦めに似た考えを残念に思います。
熊野市…残念です。活性化無理ですね。
Commented by 権兵衛 at 2011-10-20 13:32 x
夕張は明治初期から、多くの石炭を産出し炭鉱の町として栄えた町でしたね。多数の炭鉱が拓かれ、国内有数の産炭地として盛況を誇りました。
昭和35年ころには北炭・三菱などの三大鉱業所を中心に産業機械、コークス、化成品製造などの関連産業も発達し、11万人以上の人口までの都市となりました。しかしこれがピークで、昭和30年代以降は、下向の一途をたどることになりました。要因はネルギー革命が進行、海外炭との競争、相次ぐ事故、国の石炭政策の後退等と言われていますね。
石油ショックの克服を官・民の国内資源振興策も振るわず、その後は安価・良質の海外資源へ現象、そして政府の合理化政策の前に各炭鉱の経営はジリ貧となっていき、企業は国内の炭鉱から次々撤退しました。
夕張は、大規模な農業にも向かない地域だった上、石炭以外の産業基盤が無く、人口が激減。少子高齢化が進むことになりました。
最盛期からの夕張市の人口減少率は、全国の自治体でもトップクラスとなり、現在では、全国で3番目に少ない市で、人口密度は全国の市で最少。
倒産した企業の残務処理と、公共事業で活路を見いだそうとしたことが、むしろ衰退に拍車をかけてしまったのかもしれません。
Commented by je2luz at 2011-10-22 09:51
 北海道では炭鉱閉山でものすごい過疎が進みましたね。
 夕張・伊達なんかが過疎先進地だったのですが、夕張は遊園地とか映画関連とか…立地をいささか無視した観光振興策が大きく財政の足を引っ張ったのは間違いないでしょう。
 この行け行けどんどん時代にマスコミは褒めそやしたんです。
 どこでもそうですね…
 物産会間・直売所・郷土芸能館…
 「おおはやり!」と放送はされるのですがねえ…
 数年後の実態は…

 紀和町も昭和30年頃までは入鹿鉱山が動いていてものすごく賑やかだったんです。
 戦時中などはしかとした人口は分らず…なんてほどで、一万人ははるかに越えていたとか…
 いまでは1/10です。

 城下町は怖いですね。
 鵜殿村(今は紀宝町)も紀州製紙が撤退したら…
Commented by 権兵衛 at 2011-10-23 06:07 x
 夕張と入鹿とは、スケールは違いますが、鉱山で栄え、その企業が撤退し、町が衰退したという点で共通したところがありますね。
 鉱山事業が華やかりし頃は、国立の秋田大学に鉱山学科があったくらいですから、国がいかに力を入れた花形産業であったことがうかがえます。
  
Commented by 権兵衛 at 2011-10-23 06:09 x
入鹿鉱山の歴史は古く、東大寺の大仏鋳造のための銅が供出されていたと言われています。江戸時代には、通貨等の材料として海外にも輸出されていたとのことです。
 昭和9年に石原産業株式会社が開発に着手、戦時中においては軍需産業として国の重要鉱山に指定されていたほどです。
 板屋の町も栄え、総合病院や、映画館もあり、現在では大きくなったスーパー オークワも大桑百貨店として開業していました。
 最盛期での紀和町は、紀宝町と鵜殿村が合併をして人口が約1万2千人ですから、ほぼ同じくらいの人口があったと思います。ちなみに、現在の熊野市が約1万9千、新宮市が約3万1千人です。
 紀和町は、石原産業が撤退の後も、一生懸命努力を重ねていると思います。
 いま、紀南、熊野の地での上場企業は、紀州製紙ですが、今年2011年4月1日 北越製紙株式会社と正式合併し 北越紀州製紙株式会社となりました。
 合併後も、同社の発展を望むところです。

Commented at 2012-05-15 13:17 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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