LUZの熊野古道案内

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2011年 10月 09日

熊野の旅 木本祭 1 疲れた!

 朝7時40分稲荷さんの社務所へ…
 8時には隣の栄町へ挨拶の樽持ちに…
 8時半過ぎに自分の町内のだんじりが出発して近づいてきたので、おいとまし、稲荷さんの社務所に戻り…
 家に帰ってカメラを二台に増やして祭列を追いかけました。
 進行を早めるという計画なのでどんどん進んでいたので去年よりうんと先に進んでいました。
 途中の宿所も一カ所減っていましたし…
 デジタル写真のデータでは9時20分頃にはもう木本神社に入っていました。
 一時間以上早かったですね。
 道中には見物人も居ないし、ものすごくスムーズでしたが、神様も乗せていない「だんじり」「子供御輿」「ヨイヤ」「元宮太鼓」が町内を巡行する意味が薄れてきた感じです。
 午前中の隊列には、神様が移し替えられて乗る「御輿」も出ていませんし、神主さんもついていない祭列で、神様を迎えに行く物です。
 まあ、町内全部を新出町のだんじりが迎えに行って、集団登校するみたいな感じですね。
 「いくぞーーーっ!」って回るだけですから、駆け足でも問題は無い訳です。
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 これが新出町のスタッフの大部分です。
 でも、町内に居ない人がたくさん入っているのです。
 町内全戸に配布する案内書などは45部あれば足りる小さな町内ですからね。
 こんな小さな町が、祭りとなると御輿の正式にはたった一カ所の宿所になる稲荷神社があるので、先導役になり昔から威張ってきたのです。
 割合とお金持ちの比率が高かったと言われています。
 戦前には新出町男衆の祭りの正装は「大島」だったのですから…
 法被じゃ無かったのです。
 かくいう私は祭りには着物を着ません。
 学生時代に大島は作って貰っていましたけどね。
 好きだった着物をこちらに帰ってきてからはほとんど着なくなったし、大島は祭りには着ていません。
 旦那衆が優雅に歩くのでは無く、酔っ払いが混じる祭りでは着たくなかったからです。
 そもそも、祭りには参加しなかったですね。
 だって、私は「木本人」に入れなかったのですから…
 我が家は木本の家になった居たのですが、出身中学が…
 昔の、番町小学校ー麹町中学校ー日比谷高等学校…なんてほどのコースじゃ無いんですけどね。

 ん!
 私が産湯を使ったのは、三重県南牟婁郡木本町なんです。
 つまり、正式には「木本神社の氏子」なんです。
 戦争で疎開して木本から追放されたのでしょうね。
 おかしなものです。
 
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by je2luz | 2011-10-09 17:42 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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