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LUZの熊野古道案内

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2011年 10月 06日

熊野の旅 自然との共生

熊野の旅 自然との共生
 自然と共生しよう…なんて言いますが、出来ない事もあります。
 それに対して、ややもすると人間は押さえつけようとします。
 ある程度までは押さえられますが、自然のエネルギーってとんでもない大きさですからねえ…無理な事も多いです。
 古代の人は、逆らう土木技術も発達していないので、ひたすら恐れおののき、神々にすがってきました。
 そして、大地の隅っこで暮らさせて貰ってきました。
 でも、不便だし…もっと土地も使いたいし…
 どんどん工夫して治水土木なんて物を発達させましたね。

 人間が少なくて、そんなにたくさんの食料も住居も要らなかったときは自然と人間の住み分けも出来よかったでしょう。
 でも、人口は爆発的に増えてしまいました。
 だから、元は河原だったところに、農地どころか住居、町まで作っちゃいました。
 かつては浸かる事を考えたような建物でしだ、今では浸かると困る構造と家財の住まいが建てられます。
 そして、そこがどれだけ危ない場所なのかを不動産業者も自治体も国も新しく入ってくる人に知らせません。
 いや、知らせる前に考えもしません。
 どうしてその辺には昔の家が無いのか???
 昔の家も、旧家や庄屋さんの家は水にも浸からず山も崩れない所に建っている事が多いです。
 そして、そんな家がやられるときは村が全滅…
 まあ、こんなのやってたら今の日本、住むところが無くなるかも…
 海抜0mとタイをどんどん作って都会に集まったしねえ…

 ここ木本もそんなに安全ではありません。
 極論すれば、両脇の鬼ヶ城も獅子岩も海の底から出てきたのです。
 だから海の底に戻ってもおかしくないでしょう。
 川が運んだ石で出来たのでは無く。地殻変動で出てきたらしいですから。いきなり何メートルも隆起したり沈んだりする地震があってもおかしくないですからね。
 今で言う「東海地震」でしょうね。

 それでも、この数百年はそこそこの津波で済んでいるようです。
 これも今で言う、マグネチュード7から8の地震で済んでいたらしいですからね。
 それが私たちの「想定の範囲」だったのです。
 千年とか前の記録が定かで無いですしね。
 でも、やっぱり自然には勝てない事だけは知って無くてはいけません。
 この周辺は「雨」になら強いです、
 高波には最善の備えをしています。
 津波にも、昭和19年とかの規模なら備えは出来ています。
 でも、風と大津波には備えなど出来ません。

 市長は逃げなくて良いなんて世迷い言を言いましたが、その舌の根が乾かぬうちに三重県が木本も有馬も全域冠水するという予想を出しました。
 「巨大地震の時には取り敢ず逃げてくれ」とみんなに知らせていた私たちの方が正しいようです。
 まあ、前に言った事など無かったようににこにことしゃべるのが官僚的人物でしょうね。
 まだ、見解も出ません。
 この県の発表は暫定ですし「国」のでは無いので論評も出来ないかな?
 住民より国の方針…
 悲しいですね。
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 この写真は先人達が必死になって木本を守ろうとした証です。
 この堤防でも「国が取れというのだから黙って取り壊して公園にでもしろ…」と言ったのも熊野市のトップなのです。
 この事業が市の事業で無かったので私たち住民は三重県との直接交渉が出来ました。
 本当に良かったです。
 でも、市を飛び越せて良かったなんて…
 これも悲しい事ですよね。

 
熊野市周辺地図です
 

 

by je2luz | 2011-10-06 09:45 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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