LUZの熊野古道案内

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2011年 10月 01日

熊野の旅 木本祭は10月8・9日

 木本神社の祭りは以前は10月10日に行われていましたが、今では休日に合わせた変動制に成っています。
 今年は体育の日の連休の関係で、8日宵宮、9日本祭りとなります。
 そして、今夜、「鈴上げ」という行事があって、各町内の代表が集まって祭をやる事を神様に報告します。
 こうしたものにはほとんど参加しないのですが、今年は町内会長なので出ない訳には行きません。

 この「木本祭」、私が子供の頃…まだ山間部に住んでいた頃にはすごく賑やかだったものです。
 祭りの行列が進む町々には見物人がぎっしり…祭りの行列には芸者衆の道中踊りまで加わっていたのです。
 御輿も今以上にあばれて、高いところからなど見る事も写真を撮る事も出来ませんでした。
 子供が多いので、子供がやる「浦安の舞」「六法行列」などと言うものに出してもらうのは大変な事でした。
 女の子の同級生が100人ほど居るし、浦安の舞は4人かな?かなりの倍率でしたね。
 大名行列のまねごとの「六方行列」も当時は中学生でしたが、親地町だけでもものすごい数でしたから、出たくても出られないものでした。
 家柄だとかコネだとか…そんな話もあったのです。

 その頃の子供はそんなに甘いものをふんだんに食べていませんでしたから、一日中、出し物の綱を引っ張らされても、途中にある宿所・休憩所に用意されているものすごく薄いジュースとか駄菓子が楽しみでがんばりました。
 最後に自分の町内で用意してくれる駄菓子の詰め合わせを貰うのが祭り最大の楽しみでした。
 この木本祭って、そんなに見せ場がある訳ではありません。
 朝早く始まって、普通の町内の出し物でも自分の町に帰るのは夜になってから…
 12時間労働みたいなものです。

 この長さに関しては、私は以前からクレームをつけていましたが、私の育ちが飛鳥なので「木本人」には入れて貰えません。
 交通整理と警備に出てくれるお巡りさんはよその人です。
 「この祭ってどうしてこんなに時間掛かるんですか?」
 「これ、何とかならんのかいな?」
 カメラを片手にうろついているとお巡りさんに毎年のように言われてきました。
 少し前からは、宵宮と本祭り午前中、記念通りを通るときには通行止めでは無く、出し物を片側車線に納めて車を通行させたままにしています。
 本町は狭いのでお昼時から夕方まで通行止めに成っていました。

 警察との間で以前からごたごたもあったのですが、とうとう今年は警察の整理・警備が無いようです。
 町の祭でこの状況になるのは異常な事だと思うのですけどねえ…
 祭り実行委員会の方で断ったのだそうです。
 自主的に一日中交通整理が出来るのでしょうかねえ…
 私は祭の方では全くの部外者なのですが、今日最終打ち合わせだそうなので、そちらに出る人に、「整理・警備に出てくれているときは良いけど、半分物別れにあった状態で警察がパトロールに出て回ってくると、場合によってはややこしくなるよ。酔っ払いの出方では余計にそうなるから気をつけるように言っといて」とは頼んだのですが、駄目でしょうね。
 どう見ても、道路に関しては迷惑を掛けているのは動かない祭列の方ですけどねえ…

 毎年書きますが、へべれけで担がせる「御輿」、酔っ払いが御輿に乗って屋根をたたく…
 三社祭では御輿に乗るだけで神社が御輿を出さない事が起きたくらいのものです。
 この御輿が動かないからほかの出し物も動けないのです。
 最後にお宮さんに入るのが夜中の12時…

 今年は1時間ずつ時間を短縮する約束だとか…
 でも、すでに、「そんなの出来るか!」という声があるんだそうです。
 酔っ払う前にそれでは…
 
 吾が町内のだんじりは先頭です。
 後ろの御輿がついてこないので、意味も無く止まって待つのですが、「今年がどんどん進もうか・・」と言う事になりかけたら…
 町内の祭典委員長が、「少し早く進んだだけで去年御輿に殴られたんやで」と言いました。
 「勝手な事すんな!」と酔っぱらいの若い衆に殴られたそうです。
 救われませんねえ…
 今年の様子によって問題が大きくなるかも知れません。
 祭が木本町民からも遊離し始めていますからね。
 御輿も獅子舞ももはや木本町の人間では維持できないんですから…
 寂しい話ですが、大改革しないとね。

 町内の賄いも風前の灯火です。
 女の人に何日も家を犠牲にして祭りの飯炊きをしろ…なんて…
 祭りの飯を食わない私が言うと角が立ちそうです。
 でも、「嫁さん」という人たちも高齢者の仲間になってきていますからねえ…
 それに、「嫁さんの居ない家」が我が家を始め増える一方です。

 飲まない食わない…ですから、祭りに乗りにくいのも当然かな?
 それに、「木本人」では無いし…
 その分、公平に見えちゃいます。
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 22二年前です。
 この頃には、もう、子供が減っていました。
 それでも今の倍くらい吐いたはずです。
 旧制の「町」だった「木本町」なのにねえ…

 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-10-01 11:12 | 熊野 | Trackback | Comments(4)
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Commented by 10-Q at 2011-10-01 15:33 x
木本祭懐かしいですね。布袋町に住んでいたので,山車のある新出町がうらやましくてしょうがなかったです。混じって一緒に引っ張ったりしてました。
Commented by je2luz at 2011-10-02 15:29
 昔は新出町が一番いばって居たのだそうです。
 今では人が居ないのに稲荷さんが在って大変なんです。
 だんじりを引っ張ろうにも新出町に住んでいる子は数人ですからね。
 びくとも動きません。
Commented by ほんとうに at 2011-10-06 13:57 x
祭りのガラの悪い酔っ払い大嫌いです。
酔っ払いに甘過ぎです。
Commented by je2luz at 2011-10-14 09:38
ほんとうに さんへ
 ***
 昔に比べレでも減っていますけどね。
 日本人は酒に卑しい所がありました。
「酒の上だから…」なんて社会通念があったくらいですからね。
 困った物です。


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