人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2011年 09月 26日

熊野の旅 昨日で良かった・・・木本小学校運動会 2

 昨日は時々おかしな雲が出ながらも無事に運動会が済みました。
 空を見ながらなので、少しずつ進行が早くなり、終了も早かったようです。
 昨日くらいの天気なら熱中症なんて気にしなくて良いし…
 運動会に雨が降ると校長先生が「雨男」と言うことになってしまうのですが、何とかその冠を被されなくて済んだようです。
d0045383_9503713.jpg

 今の子供は過保護というか…
 生徒のためにテントが張られ、教室から自分のいすを持ってきて…
 父兄のためのテントも学校側で張る時代ですから当然なのでしょうけどねえ…
 生徒数が減っているから設営は楽でしょうが、その分、父兄の数も減っています。
 そして、増配されているとはいえ、先生の数も減っています。
 ギンギラギンの飾り付け、耳をつんざくような音楽はありませんでした。
 こんなスピーカーの音で足りる程度しか人が居ないってことなんでしょう。

 熊野市で一番大きな小学校だった「木本小学校」も生徒数で「井戸小学校」に追い越されてずいぶんになります。
 今だと「金山小学校」なんてかつては、田舎の学校扱いされたところにも追い越されているのかも知れません。
 中心市街が老齢化し、若い人が郊外に居を構える「ドーナツ化」はこんな田舎の町にも起きました。
 間口が狭くて奥行きの深い、良い風に言えば「京都風」の町並みでは、二世帯暮らすなんて戦後の社会では出来ませんからね。
 昔は、当たり前で、そんな住宅でもたくさんの子供を作って育てたんですが…
d0045383_1041598.jpg

 この子たちは木本小学校の児童では無いようです。
 こんな風によその子供がいっぱい遊びに来ています。
 木本小学校と隣の井戸小学校の校区はべったりくっついています。
 狭い範囲に二つの小学校がある、都会並みの所です。
 平野の少ない所ですから、狭い範囲に人が住みつきましたし、昭和の合併までは、こちらは南牟婁郡木本町、隣は南牟婁郡有井村だったのですから、小学校が違って当たり前です。
 「産めよ増やせよ」の戦時中から戦後の「ベビーブーム」に掛けては、木本小学校の児童数が1500を越えたというのですしね。
 今となっては、統合して当たり前なのですが、そうは行かないのが学校統合なんですよね。
 母校に対する郷愁では無く、地域エゴとも言える発想が出てきますからね。

 合併論者の中には、この木本小学校を廃止して、跡地にショッピングセンターを作って商売人を集めよう…なんて言う人も居ます。
 一体いつの時代の発想なのでしょう?
 人口はすでに19500人…私たちの世代がほとんど居なくなる10年あまり先には12000人になると言われているのです。
 活性化では無く、「スーパーが引き上げても。せめて買い物が出来るように…」と言うのなら分かりますけどね。
 なら、大きなビルは要らんでしょう。
 その論者の考えるビルは「税金ビル」です。
 だって、市場が壊滅する時代、後継者も居ない商人が新規ビルのテナント料も払えそうに無いのに建設費など払えるはずがありません。

 この子たちが、最後の熊野の子供に近いのでしょうね。
 林業も漁業もこのままでは食えません。
 食えるのは公務員と準公務員や銀行員…
 でも、人口が半減したら公務員だってどこまで雇えるのやら、銀行もいつまで残るやら…
 旧南牟婁郡全部が合併しても二万人ほどでしょう。
 国の構造がそうなのですから、口で言うようには止められないでしょう。
 大河の中に細い竹の棒をさすほどの抵抗にもならないでしょう。
 
 三大都市圏から若い人を連れてきて、最低保障15万円ほど与えて、最低1年間、最長3年住んでもらう施策を国が始め、それに乗って若者が来たことが、役所の自慢する活性化なのです。
 ご自慢の人材も一年で逃げ帰っちゃったのもあります。
 「三人も住民登録させた!」と自慢するなら、「外人花嫁」たちにもっと優しくする方が実があるのでは無いでしょうかね?
 どこの田舎でもそうでしょうが、知らない間に国籍の違うお嫁さんが増えているようです。
 
 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-09-26 10:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/14635064
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 岬の学校 波田須小学校      熊野の旅 秋空の下・・・木本小... >>