人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2011年 08月 03日

熊野の旅 災害と行政

 災害が起きると行政の動きがものすごく問題にされますね。
 たしかに、自治体などは住民の福祉生命財産を守るのが大きな役割です。
 しかし、災害に対する備えなどでは個人個人の自覚がものすごく大切だと思うのですが・・・

 昨夜は「自主防災組織」なるものの会合がありました。
 熊野市は山間部、リアス式海岸部、弓なりの海岸線の中心部と言う大きく異なる地形に分かれます。
 地震災害では地震による直接的な建物被害などは共通ですが、それ以外の山崩れや津波に関しては随分違います。
 本来は山の人でも海岸部に来ている時に地震に会うこともありますから、同じように心構えをすべきですがやっぱり無理があります。
 と、言うことで、こうした会議も三つに分けて行われました。

 私などは、弓なりの海岸沿いにある中心部の会合になります。
 昭和19年(1944)の東南海地震ではほとんど津波被害のなかった地帯です。
 しかし、次の地震が今までどおり程度で収まる補償はありません。
 おまけに昭和19年のものに関しては軍部の意向で被害記録などがほぼ抹消されてしまいあいまいなものとなっています。
 それでも、私の場合、家が今住んでいるところの隣にあり、前の堤防が今のような高いもの出なかったのに、波は床下に入っただけだったと祖父母から聞いています。
 今の国道が芋畑だった時代です。
 芋畑が国道に変わったのは昭和44年(1969)だったかな?と思います。
 伊勢湾台風の後で堤防が本格的にかさ上げされたこと、昭和の終わりから同じ高さの堤防が外側に作られたこと、平成になって沖に潜堤が構築されたこと、以外は変わったところはありません。
 高潮に対しての備えは随分良くなりましたが、津波に関しては昔と同じです。
 昭和19年の東南海地震と同規模なら、この中心部は避難の必要も無いのです。

 先般出された政府の暫定予想の数字では、この辺りの津波は、6mからせいぜい7m以下と言うことになっています。
 それでも前回よりは高いはずなんです。
 
 困ったことに、行政と言うものは首長にもよりけりですが、こうしたお上から出た数字が絶対になっちゃうのです。
 まあ、予算処置はこれが基準でそれ以上をやるには自主財源になっちゃうという縛りはあるのですが、非難だとかと言うことなら自主判断を入れるところもあるのですけどね。
 それと、到達時の津波の高さと防波堤に当ってからの高さをおなじみ見ちゃうと言うとんでもない誤解がまかり通っているのです。
 運動エネルギーと言うものを考えずに、7mの津波なら、13mとかの堤防なら越えない・・・
 津波の波は、そっとたらいに水を注ぐように水位が上がるのではないのです。
 沖合いならジェット機並み、陸上でも車の速さで走り続ける絵なるぎーを持っています。
 それに、いつも言うように高波と違い、波の厚みが数メートルなんてのではなく数百メートルと言うものです。
 高速の水を堤防で止めれば跳ね上がります。
 さらに、後ろから後ろから押し寄せる水で膨れ上がります。
 これは当たり前の話です。
 
 三陸でも散々陸上を走り、物を壊し、物を運んでエネルギーを消耗しながらでも10mほどの津波が30mを越す地点まで到達しています。
 エネルギーの消耗無しでぶつかれば、到達した津波の3倍から4倍まで膨れてもおかしくないのです。
 3倍なら6mの波が18mです。
 日本一ともいえる木本堤防も簡単に越えます。
 私の計算では越える水の厚みが50cmでも海岸沿いの家は持ちこたえられません。
 後続の水の量が多くて、例え速度による破壊がなくても 国道部分で10倍近くに膨れてしまうからです。

 なのに・・・
 昨夜の説明でも、津波のエネルギーが欠落して、「逃げなくて良い」式の発言が当局から出たのは困ったことです。
 「とりあえず逃げて、1時間以上様子を見て・・・」と、私が住民を説得しても、当局のこの発言があると消えちゃいます。
 まさに、「地震てんでんこ・・・」なんです。
 むやみに脅すのでは無いですが、その場になってから、「想定外の事態です!」なんて叫んでも間に合いませんからね。
 「専門家」に伺いを立てたとか言いますが、「専門家」をあまり信用しませんし、伺いを立てる側が物理のイロハも分からないのでは・・・
 専門化が大丈夫と言ったのが「福島原発」や三陸の防潮堤なんです。
 マグネチュードだなんだより「地震てんでんこ」を守った人が助かったのです。

 指定してある「避難場所」は津波の時には指定居場所ではありません・・・
 と、言い出したのですが、普通の市民はそのように変わった事を知りません。
 「近くの高台や頑丈なコンクリート三階建て以上の建物に逃げてください」
 これが、今の熊野市が言えるたった一つのことなのです。
 そして・・・
 「三階建て以上の頑丈なコンクリートの建物」が無いのも熊野市なんです。
 三階建ての建物の木本小学校は海抜で言えば、我が家の二二階程度にしかならない低い場所にあります。
 市が言い出す前に、少し物を考える市民は「小学校はあかんで!」と、言っていましたからね。

 このように、行政と言うものの限界は、制度と役人の習性から来ることが多いです。
 全国的に作られているハザードマップも目下見直し中かと思いますが、水害でも津波でも、「参考程度」であって、「信用してはいけない」代物なのです。
 役所は、「お金を掛けて専門家に依頼して作ったもの」ですから、まるでバイブルのように言いますけどね。
 あれを信用して死んでも、補償金が増える訳でも、専門家が責任取るわけでもないのです。

 『想定外』・・・
 役所などには便利な言葉です。

 緊急時は自分のみを守るのは自分しかないのです。
 それでも、会合で市民から出る声は、「おんぶに抱っこ」の発想ばかりです。
 お代官様はそんなに下々のことは考えてくれませんし、緊急時は手が回りませんよ。
 一時間から3時間生き延びれば、飢え死にさせない程度には幕府も藩もお代官もしてくれるはずです。
d0045383_10304912.jpg



熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-08-03 10:31 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/14263199
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 もう少し続く夏行事      熊野の旅 台風と熊野の花火 >>