この辺りの水田は、もう色づき始めています。
お盆が終わる頃には稲刈りが普通に行われますからね。
紀和町などはそろそろ稲刈りでは無いでしょうか?
夕方のローカルニュースでは毎年のように「早場米」として稲刈りが報じられますからね。
この間の台風でかなりの田圃が冠水したのですが、花の時期が終わり、実が付いてすぐなので発芽する心配も無いし、今の丈の低い稲を倒すほどの風でもなかったので被害は少ないようです。
今年は「農業共済」などと言うものの役員になっているので少しは気になりますね。
百姓の子ですが、次男坊なので百姓ではありませんけどね。
日本の場合、昔なら狭い田圃でも貰った方が良かったのでしょうけど、昭和の中頃以降は日本の平均的農家・・・「三反百姓」では食えなくなって・・・と言うより、生活に現金が要るようになって、ほかに仕事が無いと、成り立たなくなっています。
さらに、林業不振と言うより林業壊滅になってからは、山主だけではなく山働きの人も仕事がなくなり、ますます、「三反百姓」が駄目に成り、農地がお荷物になった絞まった所が多いです。
山間部、海岸線の棚田がその典型です。
機械化されてもその機械が入れない田圃がほとんどですからね。
国の進めた「圃場整備」も段々の所では田圃を広げることも出来ません。
その典型が紀和町の「丸山千枚田」です。
昭和の後半から放置されだして壊滅は時間の問題と言われていました。
この「千枚田」を救った??のは先々代の三重県知事・北川さんです。
「東紀州活性化」「観光開発」などと言うキャッチフレーズで三重県の予算で復活させていったのです。
とてもとても当時の紀和町の手に負えるものではなかったですからね。
それ以来、何だかんだとこの千枚田は維持されています。
維持するためには今流の農家に対する「戸別補償」なんかでは解決できません。
「オーナー制度」から各種イベント…手厚い保護策でようやく息をしているようです。
これが農業本筋とは思えませんが、「観光」と割り切ってみるしか無いでしょうね。
8月6日土曜日には紀和町で「火祭り」があります。
人口の無い紀和町にしては人が集まってくるお祭りです。
場所は熊野市紀和町小川口の河原です。
「瀞流荘」「湯の口温泉」に行く道です。
人が集まるといっても、車が近づけない・・・なんて混み方はしません。
夜のイベントですから、日暮れに着けばいいわけです。
もっとも、「瀞流荘」の宿泊はいくらなんでも一杯だと思いますが・・・
熊野の中心街から40分くらいです。
熊野市内なら問題なく泊まれると思いますよ。
「熊野大花火」の8月17日以外は熊野の宿泊は確保できるものです。
そんなに大層な火祭りでも無いですが、熊野川の川風に吹かれながら、地元のおばちゃんが作ったおでんを食べ、火祭りをみて花火も見て・・・
人ごみを掻き分けなくって良いし…
ちょっと会場を離れれば人気は無いし…??
熊野市周辺地図です