LUZの熊野古道案内

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2005年 07月 28日

熊野の旅 国道42号線 木本随道

 国道42号線、佐田坂を下りきったところの信号を左折すると、各駅停車で案内した海岸線を走る国道311号線になります。
直進するとすぐに『鬼ヶ城入り口』が見えてきます。トンネルの手前を左折すると鬼ヶ城に行けます。駐車場まで300mです。
 このトンネルは新しいトンネルで、入り口は見えませんがすぐ左側に古いトンネル『木本髄道』があります。
 このトンネルは熊野古道になっている松本峠を越えなくてはならない泊村と木本町を結ぶ県道として戦前に工事されたものです。このトンネルは完成後も中央部分の地盤が悪く沈下するため何時も大きな段差があるくらいのものです。位置的には松本峠の真下になります。
 この工事が着工されてまもなく、いまだに国際問題化する『木本事件』が発生しました。難航時のため、朝鮮半島からの労働者も動員されていましたが、1926年1月2日の夜に、些細なことに端を発した日本人対朝鮮人の争いが殺人事件、更には報復の暴動が起きるというようなデマが飛び、減免対決に発展し、さらに一名の朝鮮に人が殺されるという悲惨な事件になりました、関東大震災のあとと同じような、デマによる群集の狂気が引き起こした事件です。
 私はその事件について、祖父よりよく聞かされました。『殺された春山(当時の日本名)はいいやつだった・・・あんなふうな殺され方することはしていなかった・・・群集心理は怖いものだ、止めようが無かった・・・』それが当時在郷軍人であった祖父の口癖でした。戦前から戦時中にかけて起きた悲劇の一つです。
 このトンネルの入り口の見えるところに慰霊碑が建っています。
 又、木本神社のそばに、このときの若者がかわいそうだと立てたという小さな石碑をずっと地元のお年寄りが森をしていたとも聞いています。
 不幸な事件です。しかし、木の本の人間全てが鬼になった訳でもないのです。ただ、戦前から戦時にかけて日本を支配した『選民思想』がもたらした大きな汚点なのです。またぞろ、それが顔をもたげかけているようで不気味です。国際社会に通用しない島国日本人根性でしょうか。
 この美しいトンネルの影に悲しい歴史があったのです。
 今は、車は一車線のみの一方通行で、遊歩道になっています。新トンネルは歩行者通行禁止ですから、本来はこれを通る事になっていますが、木本川の入り口が鬼ヶ城から離れているので、観光客の方には分かりにくいようです。



カメラはイコンタ523/16・ノバー

by je2luz | 2005-07-28 07:17 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by セニョール at 2008-03-12 16:57 x
土木系学部の学生に近代土木遺産についてレポートを出したところ、担当の学生が鬼ヶ城歩道トンネルについて、本HPを探し当てたようで、朝鮮人襲撃の「木本事件」について知り、感想として技術者の品格を高め、コミュニケーションを大切にし誤解を生まないようにしたいと報告してきました。
このような情報は、なかなかないもので、担当した学生にとって印象深いものになったようです。
私もHAMをしていますが、お空で会うことがありましたら、お話したいですね。
Commented by je2luz at 2008-03-14 02:15
 戦時下の異常な状態で発生したとは言え痛ましい事件です。
 この直前まで、犠牲になった青年は好青年として日本人とも交流もあったそうですが・・・
 集団がヒステリックに行動始めると止め様が無いようです。
 関東大震災の後もそうでしたね。
 人間とは・・・偏見とはこわいものです。


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