人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2005年 07月 25日

熊野の旅 国労42号線 2

 国道42号線はいわゆる二桁国道で、最初の国道指定の時に既に国道になった主要地方国道です。三桁の国道よりは習慣的に重要視され予算配分も優先されました。もっとも、246のように三桁の200番台でも重要道路として早くから整備された物もありますが・・・
 こうした国道の番号による優先権が存在するので、この42号線は元来松阪市から和歌山市までだったのですが、御存知の方も居られるでしょうが『伊勢湾口道路』と言う、鳥羽からながーい橋を渥美半島までかけて湖西・浜松経由でまっすぐ東京へ結ぶという壮大な計画があり、そのためには重要国道が必要ということで、急遽方向転換させられ、松阪から鳥羽に向かい、海を渡った伊良子岬に上陸して渥美半島の東海岸を進み湖西市に至る路線に変更されました。道路も無い海の上で国道がつながっているという摩訶不思議なことになっています。
 以前、渥美半島赤羽根町を視察に行ったとき、向こう側の42号線をタクシーで走りました。
 『これが42号線の続きですか・・・』と、標識を見て運転手さんに尋ねますと、『そうですよ、このまま走って行けばお宅さん達の熊野に行けますよ。海の上の42号はどこか知りませんが・・・』と、冗談が帰ってきました。ともかく、浜松あたりで東名高速を降りて渥美半島のほうへ向かえば、42号線の始発点から走ってこられます。
 同じようなことが四日市追分の国道一号線の分岐点から伊勢までだった、伊勢参宮道路の国道23号線は名古屋の湾岸に道路を作るためにどんどん延長・変更され今は豊橋あたりまで行っています。
 42号線が本格的に改修されたのは昭和40年代に入ってからです。難所の矢ノ川峠峠などが出来たのは44年から45年ですね。43年式の車をもって44年に東京から帰ってくるときに、矢ノ川峠トンネルが部分開通の状態でした。熊野市内の佐田坂が改修されるまでの工事中一年ほどでサスペンションがガタガタになったので記憶にあります。その当時はまさに山岳ラリーでした。
 松阪まで120Kmを乗用車で5時間くらいかかったものです。今は半分ですね。
 写真は熊野市内の難所『佐田坂』の上り口付近のバイパス。

 カメラはミノルタα7700i サクラ赤外フィルム・・販売中止になりました

by je2luz | 2005-07-25 15:24 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/1373694
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 国道42号線 3 道...      熊野の旅 国道42号線 1 >>