LUZの熊野古道案内

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2011年 05月 31日

熊野の旅 木本旧堤防撤去開始 1

 昭和時代に営々と築き上げられた、「木本旧堤防」の撤去が始まりました。
 伊勢湾台風までの昭和、そして、この辺から奥の伊勢湾まで破壊しつくした「伊勢湾台風」の後…
 かさ上げの連続でした。
 この複合体が木本の町を守ってきたのですが、昭和の終わりに近づいて建設されたのが、「新堤防」と言うものです。
 旧堤防を波が越えているのに同じ高さで作ると言う、不思議な事を計画した不思議さのが私とこの堤防の係わりのはじめでした。

 「せっかく作るのに波が越えた堤防と同じ高さは無いでしょう?」
 こうした単純で当たり前の疑問が住民運動と言う形で、木本の堤防に面した家全部120戸ほどの署名捺印を貰ったのです。
 入札直前での発表と言うことで、そのときにはストップもかけられませんでした。
 しかし、この堤防がほぼ完成しかけたときに、私たちの懸念どおりに「新堤防」を波が三箇所も越えてしまったのです。
 幸いなことに被害は出ませんでした。
 理由は、「旧堤防」が撤去されていなかったので、二つの堤防の間の懐が受け止めてくれたからです。
 この事を受けて、計画では新堤防完成と同時に旧堤防を撤去する計画が実行不能になりました。
 先の署名を提出する時に、「新堤防は不完全で波が越える。そのときの責任はこの設計で強行する当局の責任である」と言う趣旨が盛り込まれて居たからです。
 そうして経緯と、所轄の運輸省への陳情の際に応対してくれた技官が、ここの七里御浜に思いでもあり痛く気に入っておられたと言う幸運も後押ししてくれて、「潜堤」という大工事がなされることに成ったのです。
 水槽実験、実施計画・・・継続事業…
 20年ほどの時間が経過して、今年の春にようやく、鬼ヶ城東口から、井戸川河口までの「木本港」の全体は完成しました。
 
 潜堤の台風時の高波に対する効果はかなりのものです。
 海に面して暮らしている私は、海が荒れ波が浜を走り、更に大きくなって堤防に当たると言う地響きや衝撃をずっと体感してきています。
 こうしたものは距離の二乗に反比例しますから、この距離で体感している住民はほとんど居ません。
 近年は台風が少ないのですが、堤防に当ることはなくなりました。
 それだけに、高波に関しては今の所出来る一応の対策は完了したと思っています。
 それでも、「潜堤」と言う物は全く姿が見えないので評価が低いし、少し離れた人では存在を知らない人も居るくらいです。
 だから、旧堤防撤去には不安を持つ人も多いです。
 私自身も、「万全」とは思っていませんしね。
 
 そこで、動いたのが先ごろここにも載せました署名活動と、入札延期・・・地元との話し合い…更なる対策の約束取り付け運動です。
 一応の話し合いの成立を受けて、撤去にゴーを出し、今工事が行われています。
 『なんでゴーサインを出した!』 とも言われます。
 20年余りに渡ってこの問題の要所要所で動き、キーを握っては来ましたが、ここまでこれたのはこの周辺の住民の方々の協力があったからと、当局がこうした工事にしては珍しくこの少数の住民の願いを聞く姿勢を取ってくれたからです。
 こんな工事は形だけの説明会で終わって押し進められることがほとんどですからね。
 一連の工事はひとかけらの民有地にも触らずにやれますからね。
 そして、当局としては…「伊勢湾台風級の高波にも耐えられる設計」で間然されるはずなのですから尚更です。
 最大の譲歩を引き出して、見切り発車は防ぐことが少数の住民が出来るベストだと思っています。
 今回の署名は柿谷が増え、人も居なくなった、たった42軒だけだったのです。
 それでも、木本全体を守るにはこの人達の力が必要なのです。

 熱意、タイミング、幸運・・・
 これから先も、これが続けばよいのですけどねえ…
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熊野市周辺地図です
 
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by je2luz | 2011-05-31 09:59 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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