LUZの熊野古道案内

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2005年 07月 21日

熊野の旅 紀勢線 紀伊長島駅 2

 昔の紀伊長島駅は、機関区があり、蒸気機関車が忙しく走り回り、給水塔や石炭サイロなどもある、大きな駅でした。大きいといっても旅客用の駅自体は町が小さいので今と変わりません。
 紀勢線全通と同時に、トンネルが多い区間と言うことで客車はディーゼル機関車で引っ張り、気動車も導入すると言うことになりました。
 ディーゼル化されると蒸気機関車に比べると準備も格段に簡単ですし。前後ろの無い機関車にな李、全ての面で人員削減になりました。ほんの一部のローカル列車の編成以外は亀山と新宮でまかなう事となり、駅周辺に立ち並んでいた国鉄官舎が空き家団地になってしまいました。
 今でも保線はここにあるようで、大型の作業車にはKIINAGASHIMAと大きく書いてあります。しかし、かつての保線区のように人員は居ないようです。
 かつての駅前は、狭い道路から少し入ったところにあり、駅の規模とは全然違う狭いものでした。私鉄・西武線の駅程度のイメージでした。
 最近、乗客も居なくなってから駅前再開発で民家や店舗の立ち退きで、広い道路と駐車場完備の駅前広場が出来ました。出来立てらしく、地元の人が感心しながら見ていました。
 今度は全国床にでもある、『気の利いた小さな駅』に変身しましたが・・・味気がなくなりましたね。
 ただ、駅の構内は幸いなことに手を加えられずに済んでいます。
 木の柱で屋根を支える昔ながらのホーム上屋が残っています。
 ここの跨線橋には屋根があります。熊野市、尾鷲・・・そして紀伊長島と、特急の停まる駅だけに屋根があります。偶然なのでしょうか?
 新宮からここまで各駅停車でお供しましたが、この先『荷坂峠』を越えるともうそこは伊勢の国です。この荷坂峠は国道もそうですが鉄道もほぼ同じ高さまで一気に上る難所です。
 かつて、蒸気機関車の頃は普通の編成で重連で登りました。少し長い編成になると更に一両後ろにつけて3台で登っていました。線路・鉄橋の関係でD51のような重いものは使っていなかったようです。
 ジーゼルになっても機関車時代はやはり一台で登れず、ディーゼルの重連でした。
 登りはあえぐようにしてのぼり、下りはブレーキの悲鳴音を立てながら駆け下っていました。気動車でも下りが怖いときがあります。
 これから先の伊勢の国は縄張り外になりますし、私の紀勢線の各駅案内はここまでにします。JR西日本側の方が紀州路なので馴染みがあります。そのうち撮影に出かけて載せるようにします。
 これからは、熊野古道周辺や吉野なども含め、行程はバラバラになると思いますが少しずつ載せてゆきます。
 列車の方は楽しい旅を続けてください。



カメラはイコフレックス2a

by je2luz | 2005-07-21 16:33 | 熊野 | Trackback | Comments(3)
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Commented by m-comada at 2005-08-14 22:25
こんばんは〜。
はじめまして。
偶然訪れたこのページ・・・
いろんなカメラが登場して、興味津々です。
また遊びにきます。
リンクさせて頂いていいですか?
Commented by je2luz at 2005-08-16 00:47
リンクしていただければ嬉しいですね。
古いカメラと言っても私より古いのはウエルタだけです。まだ全部は登場していません。6*9などはあまり使いませんからね。
Commented by m-comada at 2005-08-18 05:45
おはようございます。
リンクさせて頂きました。
こちらは、NikonS系のカメラでがんばってます。
では、また遊びにきます。


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