LUZの熊野古道案内

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2011年 03月 20日

熊野の旅 三重県南部に当てはめると…

 今度の、「東海関東大震災」をこの三重県の南に当てはめると…
 死者と行方不明者を合わせると、丁度「熊野市」が消滅する数です。
 そして、今の避難者の数は、伊勢市の北側から和歌山県との境の紀宝町まで、一人残らず居なくなるという数なのです。
 三重県の南が全部消えているという数字はものすごいものです。
 この数字は山間部や内陸部を含みますから、海岸線に限定すると、おそらく、和歌山県側の新宮市から田辺にかけての海岸部全部も服務数なのかと思います。
 つまり、紀伊半島から熊野市が消え、紀伊半島の海岸線から人が居なくなるというものです。

 東南海、南海地震が同時多発的に起きた時でも、これだけの津波が起きる予想にはなっていませんが、地球のことですから、ほんの少し大きな身震いをすれば今度の地震並になってしまいますね。

 熊野市では、これより北のリアス式海岸は逃げるしか助かる道はありません。
 この木本町からの七里御浜は「津波が膨れ上がらない地形」とされていますが、あれだけの力だと、後ろからの水で押されて盛り上がるでしょう。
 そして、台風の高波、高潮を想定した堤防は高さだけは全国でも最高級を誇りますが、強度は津波に対しては小さいでしょう。
 水が盛り上がって越えるとともに、堤防の破壊があれば木本も全滅でしょう。
 つまり、ここも逃げるしか無いですね。
 田舎町なので鉄筋コンクリートの大きな建物などありませんから、山に逃げるしか無いです。
 果たして、何人が山までたどり着けるやら…
 田老町ほど山は近く無いですし、津波避難の道は全く整備されていません。

 県土木の人と話したのですが、防災対策の方向を全く転換して、逃げる方を先に重点整備するべきでしょう。
 しかし、一本一本はさほどではなくても、集落と人口を考えて整備すると膨大な予算が必要になります。
 登り口まで1Kmもあったのではお年よりはたどりつけません。
 それに、こうした方法を「消極的」と言う人が、この記憶が薄れだすと増えてくるでしょうね。

 一旦、命が助かるために高台へ…
 そのあとで、避難所に…
 これしか生きる道は無いでしょう。
 そして、最終的に逃げる所は家族同士であらかじめ決めて置くことも必要ですが、中々、それをやら無いでしょうね。
 地元の人はそれでも地形を知っていますから、そこそこ無意識にでも反応する人はいると思います。
 観光地では…観光客と言う地理不案内の人が居ます。
 例え街角に小さな看板があっても動転した人には見えないでしょう。
 いつも言うように、知らない町に入ったら、どっちが山でどっちが海・川か位はキョロキョロして確かめておいて欲しいです。
 日本中が地震の巣の上にあるし、津波危険地区のところも多いです。
 「防災訓練」と一緒で、日頃からそうした意識を持っていれば、方向音痴も治ってくると思いますがねえ。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-03-20 09:35 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by あやち at 2011-03-21 12:33 x
今回の地震の後、熊野の実家で同じことが起きたら、、と考えて背筋が寒くなりました。実家は井土なんですけど、あのへんは土地が低いし、すぐそばに井戸川が流れているし、山は近いようで遠い。逃げる道路は、井戸川沿いの道しか思いつかないし、今回のような津波なら、確実に逃げ遅れるなと。。。
私が子供の頃から、東海地震の話はあったけど、津波が怖いという話は、学校でも一度も教えられた記憶はないですし。
原発誘致の話もよく覚えていますし、本当に他人事とは思えません。
Commented by je2luz at 2011-03-22 22:05
あやちさんへ
 ***
 井戸川はカルバートのなっているので、普通の河川ほどは簡単に津波が入ることはありません。
 国道が破壊されると他の川同様に成り、下の大馬神社までは軽くやられるでしょうね、
 井土なら、池川に越える道に上るのが一番でしょうね。
 後ろの山は登り口が少ないですから…


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