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LUZの熊野古道案内

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2011年 03月 13日

熊野の旅 田老町もだめか…

 今は岩手県宮古市に入っていますが、元の岩手県下閉伊郡田老町は日本の津波対策のモデル地区でした。
 三階建ての建物より高いような巨大な堤防で町を守り、道々には避難路を示す標識があり、道の角は非常時のためにすみ切りして回りよくし、背後の高台に登る道には手すりなどをつけ・・・住民も「避難」と言うことがしみこんだ町でした。
 『地震はてんでん』と言う言葉さえあると言われました。
 つまり、地震の時はとにかく逃げること、てんでんばらばらでもいいから避難して生き延びろ…と言うことらしいです。
 
 私が視察に行ったのはもう十数年前です。
 同じ頃、市内新鹿地区の皆さんも視察に行かれました。
 随分離れていても、津波の被害を受けたという点では共通しますからね。

 綺麗な三陸のリアス式海岸の小さな湾に面した町が、10mもある巨大な防潮堤ですっぽり包まれていました。
 「ここまでやるか!」と言う物でしたが…
 今回の津波ではその堤防も簡単に破壊されたようです。
 はたして、あの堤防と町はどうだったのだろう…と、ずっと調べていても、あまりに広い範囲の災害なので中々出てきませんでしたが、今日の朝日新聞の社会面?のトップに出てきました。
 つまり…
 「日本の代表」にされるような津波対策でも駄目だったと言うことで、町が小さくても取り上げられたのです。

 あれほど、避難と言うものが身に付いていた田老町でも、避難途中で引き返して犠牲になられた方も居るそうです。
 そうなると、そうしたものが身に付いていない熊野では…
 まして、作られている堤防が「台風」に対するものですから、防ぐ力も田老町とは問題にならないほど小さいのです。
 田老町の巨大堤防が消し飛んだとすれば、あの堤防も、真ん中のほとんどの部分が砂利か土を詰め込んだ最中(もなか)みたいなものだったのでしょうね?
 日本中の大きな堤防はコスト削減もあって、薄皮饅頭、最中構造なのです。
 じわりと来る荷重には耐えられても、衝撃的な力を加えて、一箇所でもクラックが入れば中はアンコですから…
 ここ熊野市木本町でも、導流堤が台湾坊主の波でいとも簡単に崩れ去ったことがあります。
 中が砂利のものでした。

 巨大すぎる地震・津波なので、ここまでの対策を全国の海岸で行うことは不可能でしょうけど…
 でも、防災対策を見直さないと…
 避難所がほとんど、「学校の体育館」では津波の時はだめでしょう。
 役所自体が消え去って町長・職員が対策会議中に犠牲になったなんて町があるようですが、公共施設の立地条件も見直さないと・・・集中豪雨で孤立する役場もありますしね。

 以前にも書きましたが、旅先でも地震と津波を心のどこかに入れておいて、どっちが山か位は本能的に頭に入れる必要があります。
 その町の東西南北とかを…
 といっても、これは動物的勘のある人間以外は中々身に付かないのでしょうね。
 でも、必要なことでしょう。
 ガイドマップやガイドブックの地図には共通の表示方法でこうした避難場所を載せるのが観光客へのサービスの一つなのかもしれません。
 台風のときにうろうろする観光客は少ないでしょうが、地震の時は一杯売ろう付いていますからね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-03-13 10:21 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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