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LUZの熊野古道案内

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2010年 11月 04日

熊野の旅 村祭り 飛鳥神社の祭り

 私が子供の頃の詩に、「村祭り」なんてのがありました。
 その当時はまだ日本中に「村」があり、「村祭りが盛んだったのです。

 村の鎮守の 神様の
 今日は楽しい お祭り日
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ
 朝から聞こえる 笛太鼓

 田舎の子供にはこの歌が楽しく聞こえたものです。
 「イベント」なんて名のものが無かったですから、「正月」「盆踊り」「祭り」などが数少ない楽しみでした。
 テレビなんかも無いし・・・
 「鞍馬天狗」なんてのが、何人も河原や野山を駆け回っていた時代です。
 貧乏浪人の竹光どころか、「鞍馬天狗」も「宮本武蔵」も竹の棒を腰にさしていました。

 そんな時代の『村祭り』は賑やかでしたね。
 飛鳥村のような田舎の村でも、子供がゴチャッと居ましたからね。
 でも、その頃から、中学を卒業した子供のほとんどが就職で出て行き始めました。
 私の時で高校進学率が10%台だったかと思います。

 賑やかだった祭りでも、大きな祭りでも無いので、「祭りに帰ってくる」ってことは無かったですね。
 「就職組」の顔を見られるのは「盆と正月」でした。
 日本を支えた田舎の労働力も次の世代には「町の子」を育てています。
 跡を継ぐほどの田圃も無し…
 それでも、何とか田舎を維持しています。
d0045383_937593.jpg

 このたたずまいはほとんど変わっていません。
 杉木も50年分年輪が増えたのでしょうけど、ここまで大きくなっている木では判りません。
 この広っぱは50年前には田圃でした。
 村の鎮守様といえども貴重な田圃を潰すことは出来なかったのですね。
 12月の祭りのときは、田圃に人は降りてたむろしていました。
 集まってくる人数は今の数倍でしたから、まさにゴチャゴチャと人が居たので、お祭りらしかったです。
 おまけに私も小さかったですから、「人込みの中を歩く」と言うことが実感できました。
d0045383_9442055.jpg

 子供の表情は変わらないのですが、昔は七五三でこんなに綺麗におめかしした子は居ませんでしたね。
 私は「もんぺ」「国民服」の時代では無いのですけどね。
 でも、「ゴムひもの量り売り」、「服地の量り売り」なんて、手品と言うか詐欺と言うか・・・おまけまでしてくれても家に帰ると尺が足りない類の店が出ていた時代です。
 もちろん、タイヤキのアンコの甘味は「サッカリン」でした。
 決して、「古きよき時代」でもなかった訳です。
 でも、「中ごろまでの昭和」は田舎が元気でした。
 そして、「思い出」の中では「古きよき時代」に変わってゆくのです。

 昨日の祭りでは、中学を卒業して以来顔を見たことの無かった同級生の女の子?に合いました。
 同級会にも来ないし…
 先年の同級会のときに古いネガから改めてプリントを起こしたときにその子のかわいらしい写真を見つけたのですが、本人に名乗ってもらうまでわかりませんでした。
 50年余りの年月…
 これも古きよき時代なのでしょうかね?

 こんなブログもはじめました。
 ★更新しました★
   


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2010-11-04 10:00 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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