LUZの熊野古道案内

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2010年 10月 31日

熊野の旅 漁師町で無い鵜殿漁港

 港が無いのに大きな大敷を持つ阿田和、そのすぐそばにある「鵜殿港」は「鵜殿漁港」でもあります。
 鵜殿は少し前までは「日本一面積が小さな村」…などと言うことで少し有名だったところです。今は紀宝町との合併でそんなキャッチフレーズとは縁が無くなりました。
 その狭い「鵜殿村」は「紀州製紙」の城下町です。
 大きな製紙工場がでんと構え、その社宅などを入れると村の面積の何割と言うような比率だったかと思います。
 狭すぎて、従業員の住まいも確保できないので、隣の紀宝町の一部も城下町的な雰囲気でした。
 その製紙工場へのチップの搬入などもあり、熊野川河口に「鵜殿港」が整備されました。
 元々、貯木場があって沼地的なところもあったのですがほとんどが埋め立てられていたのと、貯木場は熊野川を下ってきた筏を引き込むためなので、入り口は熊野川に面していました。

 熊野川河口で大量の石が流れ出るところですから。海岸線はうずたかい砂利になっていましたから、それを開削するだけではすぐに閉塞します。
 と、言うことで、半分「突き出し港」と言う方法で作られました。
 
 黒潮に押されて、河口からの砂利は鵜殿側…七里御浜側に流れようとするのを防いだ訳です。
 当然のように下流の七里御浜の浸食はダムの影響もあり急速に進みだしました。
 当たり前のことなのですが、工事は強行され、すぐそばの紀宝町井田海岸がひどいことになり、対策に何億も掛けますが直しようも止めようも無いです。

 この「鵜殿港」は「鵜殿漁港」でもあるのですが、鵜殿村は漁村ではありません。
 鵜殿漁協は「熊野川鵜殿漁協」なんて内水面の物が出てくる位です。
 海の漁師のいるのは、隣の「紀宝町井田」、更に隣の「御浜町阿田和」みたいです。
 この二箇所の魚は鵜殿に揚げられるようです。
 井田などは魚を揚げる代わりに、海岸が無くなり、生命財産まで危険にさらされています。
 鵜殿港の突き出し部分を取り壊しても手遅れでしょうけどこのままでは…

 少し考えれば分かることでも、「作る側の調査」ではいつでも「影響なし」なんです。
 それも、大学教授とか研究室がお墨付きを出してきました。
 今では、政治家がらみや天下りの「コンサルタント会社」がやるのですから何をかいわんや…です。
 そこに住む気もないし、どうでもよい人が、「作る側」に大金をもらって作成する「環境影響調査報告書」ですからね。
 そんなものの端っこを少しは知りえる立場にもいましたから、そのいい加減さもいやらしさも少しは分かります。

 ダムに鵜殿港…
 人間の力は大したものです。
 何万年もかかって養ってきた「七里御浜」を「十年単位」で壊してゆけるのですからね。
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 こんなブログもはじめました。
 ★更新しました★
   


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2010-10-31 11:57 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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