LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2010年 10月 29日

熊野の旅 台風接近 退避

 台風14号は明日にでもこちらにおこしになられるようです。
 七里御浜に広げて、冬の漁の準備をしていた大敷も浮を堤防のそばまで引っ張り上げて台風の高波に備える準備を慕いました。
d0045383_21335447.jpg

 場所は御浜町阿田和、「阿田和大敷」です。
 昔はこの黄色い部分が大きな青い透明なガラス玉でした。
 今のプラスチックのは割れ無いし、括り付けよいし使いよいのでしょうが、およそ無粋なものですね。
 昔のガラス玉は網が被されていて、中々ムードがあり、あちこちでインテリアとして飾られていました。
 私も拾ってきたのを置いてあったのですが知らない間になくなってしまいました。
 直径30cmあまりもあるのですが、外の通路のところに置いてあったので誰かが持っていったのでしょうね。

 いまはブルドーザーなどを使って仕事をするので大敷の漁師さんの人数も少ないようです。
 大敷を船に巻き上げるのも大きなウインチですから、船の方でも少人数化していますね。
 後継者不足と、重労働を大きく改善してくれましたが、減らした数の漁師さんでも、後継者は相変わらず不足しているようです。

 今から春までの間が、「大敷網」が脚光を浴びる時期です。
 これから狙うのは『鰤・ブリ』です。
 なんと言っても大敷の花形は「ブリ」です。
 群れになってやってくるので取れるときはものすごい水揚げ高になります。
 でも、昭和初期のような豊漁は夢物語のようです。
 ここ紀伊半島だけではなく、全国ですね。
 古い写真では宇和島などでは、浜に石垣のように積み上げてあるのが「ブリ」だったっと時期もあるようです。
 超高級の「照り焼き」ではなく。「肥料」に成り下がった『ブリ』もあったとか言いますね。
 ニシンも肥料が目的だったようですし、「獲れる時に獲らなくては…」と言う、猟師の伝統が両方とも幻の魚にしかけていましたね。

 この台風が通り過ぎれば、そろそろ網入れをするのでしょうね。
 網入れをしてから台風が来ると、網をそっくり上げたり。うねりの少ない深みまで網を沈めたりして交わします。
 網を流されれば何千万円、上げても何十万から何百万…
 「大敷網」と言う物は「定置網」ですから、魚群が向こうからやって来て入ってくれないと坊主です。
 努力のしにくい漁法ですから、ばくち性も高いですね。
 今回は準備中にやって来たので、大敷にとっては助かったでしょうね。

 こんなブログもはじめました。
 ★更新しました★
   


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2010-10-29 21:57 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/12161219
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 港の無い漁村 阿田和      熊野の旅 七里御浜 浜街道 >>