LUZの熊野古道案内

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2010年 10月 12日

熊野の旅 祭りと限界集落化

 熊野市の祭りの中でも特徴があり、ニュースなどにも登場してきた「二木島祭り」が今年が最後だそうです。
 過疎化し、子供が居なくなり祭りが維持できなくなったからです。
 全国的にこのようにして祭りが消えようとしているようです。
 大人がやる祭りは、じいちゃんばあちゃんでも何とかごまかせますが、子供が主役になるとどうしようもない訳です。
 子供が居なくなれば、十数年後には青年が居なくなり…そもそも、子供を作る世代がかけ落ちている訳ですから、その頃には中年も老齢者も姿を消してゆく…これが現実です。
 「祭りが出来なくなる」と言うことは、「限界集落」がそこまで来ていると言うことです。

 「木本祭り」でも、中学生がやっていた「ろっぽ」は年齢幅を広げて小学生の低学年まで参加しています。
 親地町を中心にした「木本の青年」が担いでいた「神輿」も「木本出身の青年」になり、「木本でなくても担ぎたい人」に変わってきているようです。
 新田の「元宮太鼓」も「新田の子供」から「太鼓の叩ける子なら何処の子でも」にかえて何とか存続させたようです。
 他の出し物の綱を引っ張る子供も「町内の子」から「町内縁の子」に…、そして「誰でも良いから」にしないと動かなくなりました。
 「浦安の舞」も女の子の確保が出来なくなってきています。
 旧市町村時代にすでに町であった「木本町」の子供数が一学年20人ほどに激減したのですから、とても舞姫の確保は出来ませんね。
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 この「ろっぽ」も基本的のは中学生で「坊主刈り」でやってきたのですが、今時は野球部などの子を除くと「坊主頭」にさせるのが大変になってきております。
 昔は、こうした役のあるものに出られるのは「格好よい」ことで、親も鼻高々だったものなのです。
 我が家も伯母・姉・姪と娘の三代に渡って「浦安の舞の舞姫」を勤めさせていただきました。
 四代目は朝霞に住んでいるので出ることはかないませんね。
 祭りが「過疎」どころか「限界集落」の近さを示すものになろうとは…
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   カメラはフジカGS645S+TRI-X
 こんなブログもはじめました。
 ★★
   


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2010-10-12 09:45 | 熊野 | Trackback | Comments(1)
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Commented at 2010-10-13 20:00 x
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