LUZの熊野古道案内

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2005年 07月 07日

熊野の旅 紀勢線 熊野市駅 2 省営バス

 熊野市駅に変わるまで、この紀勢西線終着駅『紀伊木本』から紀勢東線始発駅『尾鷲』まではバス連絡でした。これは、終戦まで鉄道省の運行する省営バスでした。
 途中、海抜808mの矢ノ川峠を越えなくてはなりません。木本も尾鷲も海の町で海抜10mほどのものです。砂利道を評議峠を越え、矢ノ川峠を越える悪路、急峻な道です。
 ここに投入されたバスは、全国でも二箇所と言う『ジーゼルエンジンのバス』でした。最初のバスは今で言うマイクロバス程度のものでした、バスと言えどもガソリン車が多く、戦時中から戦後は更にひどい『木炭車』が使われていました。このようなものでは矢ノ川峠は越せないと言うことと、ローカル線ではなく、紀伊半島一周鉄道の連絡バスとして重要路線でした。
 当時、三重交通のバスは木炭車でした。この木炭車は、名の通り『木炭』を不完全燃焼させると発生する『一酸化炭素』を燃料としてガソリンエンジンを廻すものです。
 不完全燃焼した一酸化炭素程度の燃料ですから馬力はまるでありません。昭和50年代になり熊野無線クラブでこれを復元し乗用車を動かしましたが、調整不良もあり、まさに『走った』だけでした。
 この、連絡バス、国鉄バス紀南線は鉄道の全通と共に廃止されました。このバスは42Kmを2時間40分で走りましたが、途中矢ノ川峠で休憩し、そこには小さな『茶店』がありました。ここからは、遠く富士山が見えることでも有名でした。台風のあととか、空気が澄み渡って三重から静岡まで改正のときしか見えませんから、見られるのは年に何回かと言うものです。
 このバスは転落すれば命が無いという難所越えでも最後まで無事故で終えました。矢ノ川峠のすぐそばには乗客が怖がって『南無阿弥陀仏』と唱えるので付いた『念仏坂』難所があったくらいです。
 写真は懐かしい『つばめ』の付いた国鉄バス、矢ノ川峠の茶店、尾鷲駅のものです。カメラはオリンパス35S・Gズイコー1.9です。子供の小遣いでフィルムはふんだんに買えないので、単なる風景の写真などありませんね。
 本当に古い国鉄バスの写真などは実家にあるはずなのですが・・・
 余談ですがヤクルトスワローズのスワローズは国鉄スワローズから来たものです。




by je2luz | 2005-07-07 13:21 | 熊野 | Trackback(1) | Comments(0)
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タイトル : ラッピングバス
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