LUZの熊野古道案内

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2010年 10月 04日

熊野の旅 近未来 田舎の現状

 二日続けて「敬老会」の写真を撮りました。
 片方はきちんと出席してカメラマンも勤めました。もちろんお年寄り席ではありません。昔ならそちら側に招待されているはずなのですがね。
 老齢化指数が30なんてとうの昔に越えている田舎の市ですから、統計上の老人なんてのを招待しようとすれば市内が空っぽになります。半分以上が招待されるところがあちこちに出ますからね。
 この『敬老会』と言う物は熊野市と熊野市社会福祉協議会が主催して、そこの婦人会だとかボランティアだとかが協力する形で行われているようです。
 全国的に同じような形でやられているのでしょうね。
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 これは熊野市木本町地区の敬老会の受付をしている「社協木本支部」の人たちです。
 この「社協」と言う物は昔からお年寄りの方が役員をして実働部隊も年配の人が多かったものですが、全体的に年齢が押し上げられてきているようです。
 「婦人会」と言う組織も老齢化してしまったり、解散してしまったりしたところが多いようですね。
 「青年団」なんてなくなったところが多いようですしね。
 一番勢力を伸ばすはずの「老人会」は高齢者がどんどん元気になったからか新規加入者が減少傾向だそうです。
 私も会員になる資格はあるのだと思いますが当然のように加入していません。

 人口構成から予測すれば、そう遠くない未来に老齢者の切れ目を65歳のままにすると、市民の半数が高齢者と言うことになります。
 そして、これは事実上止めようが無いのです。
 建前上、「若者定住」「山村活性化」「I・U・Jターン促進」などと大きな声で言いますが、小さな農地、平野すらない土地、見捨てられた林業が平均的過疎地の抱える資産なのです。
 5人・10人の雇用を増やしても今の高齢者の数の数パーセントに過ぎません。
 それを予測して、昔から田舎の親たちは子供たちを積極的に他所に出してきました。
 私もその一人で、「帰ってきても食えないぞ」と言いながら子供を育てました。
 「非農家」「小さな山林所有者」が田舎で生き残る道は、もう40年ほど前からなくなりつつありました。

 田舎の人の自慢…
 「うちの子は大学を出て、一流の会社に入ったんじゃ!」
 「うちの娘はちゃんとしたサラリーマンの嫁になったんじゃ!」
 と、言うものです。
 三反百姓では、「うちの子は百姓を継いでくれたんじゃぞ!」と喜んで自慢するわけには行きませんからね。
 東京だって人口の1/3くらいは田舎者だった人だと思いますよ。
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 世界経済の流れが変わらない限り、日本国の基本政策は変わらないのでしょう。
 寿命の延びで貯金のように人口減少を引き伸ばしてきた、明治・大正・昭和戦前生まれの世代が居なくなるのもそう先のことではありません。
 不老長寿の薬があるだろうと、「秦の徐福」がやってきた土地でも他所と変わりません。
 「天台烏薬」と言う潅木がそれだと言われていますが、効かないようです。

 『そして誰も居なくなった』なんて集落がそろそろ出てきます。
 かつて、「パリ万博」あたりの人々が描いた「未来図」はものすごく明るいものでした。
 うんと下がった、「大阪万博」でも、まだばら色を描いていました。
 でも、そろそろその描かれたものが信じにくくなっていましたね。
 田舎では「近未来図」でも絵空ごとでも書かないことには寂しいものなのです。
 この田舎を支えてきた世代のことには目をつぶって、「観光」になら金は惜しまない…
 ここだけではなく、日本中の田舎自治体の流れのようですけどねえ…
 そこまでして、よその方向きに施設とイベントを用意するのに、来てくれません。
 2000ほどの自治体が同じように秋波を送るのですから、人生1000年ほど無いと答えられませんよね。

 こんなブログもはじめました。
 ★更新しました★
   


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2010-10-04 10:38 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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