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LUZの熊野古道案内

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2010年 09月 17日

熊野の旅 三重県立紀南高等学校 1

 地元では「紀南」と呼ばれます。
 このあたりには高校が三校あります。
 戦前の旧制中学・旧制女学校を母体とする「三重県立木本高等学校」通称「木高・もっこう」と、この「三重県立紀南高等学校」通称「紀南・きなん」と「近畿大学工業高等専門学校」通称「高専・こうせん」の三つです。
 後ろの二つは、戦後の高校進学率の向上で入試倍率がうなぎのぼりになりかけたことと、理系技術者人気とで開校したものです。
 「紀南高等学校」で50年ほどです。所在地は「木本高等学校」とダブらないように南牟婁郡御浜町になります。
 「近大高専」は同じように50年ほどですね。所在地は熊野市有馬町です。
 つまり、半世紀ほど前に定員一学年400人ほどだった木本高校一校時代に比べ倍増したのです。
 高校入試は倍率も下がりうんと楽になり、進学率も飛躍的に向上しました。
 なんと言っても、田舎ですから地元の高校に入れなかったら通学できる範囲に学校がありませんからね。
 高専は高専ブームの頃には全国から希望者が来ていたので枠の急増でも生徒は集まっていました。

 「木本高校」は新制高校になってすぐから、「普通科」「商業科」「家庭科」を持った総合高校でした。
 新しく高校を作る時に三重県は「紀南高等学校」を普通科の高校としました。
 普通科だけにして進学などに専念できるようにと言う思惑があると言われたものです。
 普通なら「商業科」「家庭科」などを木本高校から分離拡大して実業高校を新設するのですけどね。
 木本高校は元通りに残されることとなったし、場所的には人口の多い熊野市の中心部に木本高校があり紀南は御浜町阿田和と言う田舎になったこと、さらに「伝統」が無いということで、三重県の思惑のように進まず、熊野市だけでなく南牟婁郡の中学出身者も「出来る子は木本、勉強しない子は紀南」なんて住み分けをしてしまいました。
 ずっと後に出てきた中高一貫と言うものでもないので「進学校だぞ!」と言えなかったのでしょう。
 その流れがずっと続いてしまいました。
 紀南が特徴を出そうと頑張ったのが「電卓検定」などと言うもので、普通科と言うより商業科的なものに成ってしまったのもその表れでしょうね、
d0045383_11304016.jpg

 キャンパスは空の広い場所にあるし、後から田圃のところに出来た学校ですから、木本高校より定員は少ないのに明るく広々しています。
 私は縁がなかったので今年になってから初めて構内に足を踏み入れたのですが、結構良い雰囲気です。

 こんなブログもはじめました。
 本日更新しました
   


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2010-09-17 11:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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