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LUZの熊野古道案内

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2010年 06月 23日

熊野の旅 山村らしい…紀和町

 「山村らしい」…と、言っても、「紀和町」も今では「熊野市内」です。
 昭和の大合併までは南牟婁郡の山間部に点在する「入鹿村」や「西山村」などだったのですが、その頃の方が町になってからよりずっと大きかったのです。
 昭和30年代までは紀州鉱山も元気で採掘をしていましたから抗夫も多く居て賑わったものです。
 戦時中などは朝鮮半島から強制連行した人や英国軍の捕虜まで居たので人口が一万を越していたのであろうと言われています。
 流れ者を含め、戸籍も何もない人間がごろごろしていたので実数は分からないようです。
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 これが現在の紀和町の人口です。
 熊野市の一部になっても、元の紀和町役場にはこうした人口の掲示が出ています。
 今はこの数字より二名ほど締め切りの関係で多くなっているとか…

 紀和の役場だったところは熊野市の紀和出張所と林業振興課に使われています。
 昭和35年?位の建築で、いかにも『役場』と言う雰囲気で床も木張りです。
 映画のロケにでも使えそうです。
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 この人口でも山の中に散らばっていますし、元々「村」が違っていたくらいですから住民サービスはここだけでは無理です。昭和の合併前のように西山村だったところにも窓口を残してあります。かくして、この紀和管内合計三箇所の窓口があるということです。
 日本の山の中にはこんなところがごろごろしています。
 それでも、村山地が減って『市』になっています。
 「市」になったからと言って何も変わらないのですけどね。

 田舎住まいに憧れる文化人もここまで田舎になると…
 それに、自給自足しようとすると、まるで猪・鹿・猿に餌場を作ってやるような状態ですからね。
 花札ならイノシシもシカも歓迎されますが現実には困り物です。
 サルなどは猿蟹合戦の悪いサル並です。
 今では動物が檻の中に居るのではなく、人間と作物が檻の中で居るのです。
 「紀州の山猿」なんて言葉があるくらいですから本場なのでしょう。

 中途半端な「田舎暮らし」「山村生活」ではなく、極限の田舎暮らし、限界の山村生活をしたかったらこの辺りに来ればよいでしょう。
 それでも、大阪まで3時間あれが出られますからね。不便じゃないですよ。
 家も畑もものすごく安いです。

 


熊野市周辺地図です


by je2luz | 2010-06-23 09:58 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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