LUZの熊野古道案内

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2010年 05月 13日

熊野の旅 農協からJAへ

 昔…農村が元気だった頃…
 田舎には「農協」…「農業協同組合」がありました。
 金融部門から購買部まで揃った、百貨店のようなお店が全国にありました。
 名前の通り、「協同組合」で農村の家々ほとんど全部が加入した「みんなの組織」でした。
 購買部も「硫安」なんて肥料から、味噌、醤油、地下足袋、もんぺ…焼酎から特級酒まで…安くは無くても実に品揃えが豊かでした。
 日本中が今より貧乏でしたが、売り場には活気がみなぎっていました。
 「協同組合」…社会主義的な組織で運営も組合員平等の法則にのっとって素人集団で始まったのです。

 そんな農協も、米を供出したお金が集中したこともあり、どんどん肥大化してゆきました。
 そして、いつしか「使い込み」「横領」「不正貸付」なんて事件の温床にもなってゆきました。
 そうしているうちに、頭の良いお役人がこれを束ねる組織を作り出し、濡れ手に粟で利益を農村から都会へ…野良着族からホワイトカラー族へ移して行きました。
 そうですね、「農協ツアー」が海外に出かけだした頃にはその図式が確立したようですね。
 海外でも、「ノーキョー」が通用した時代です。

 その後に、巨大な不正があって、名前も『JA』なんて、農村らしくないものに変えてしまいました。
 中身ももはや「農業協同組合」ではなくなりましたね。
 「購買部」とは別の「Aコープ」なんてスーパー部門も動いていましたしね。
 近年には各地で、この農協の支所の閉鎖が続いているようです。
 熊野市でも、小さな支所はとうの昔になくなっています。
 そして…
 今度は事実上全部の支所の閉鎖が計画されています。
 合併を繰り返す前には一つの独立した農協であった、「飛鳥」とか「新鹿」なんて支所も消えるようです。
 「商売にならない」と言うのがその理由です。
 そこには「協同組合」の理念はありません。
 もっとも、組合員の方にも、「おらたちの農協」なんて意識はとうの昔に消えていますけどね。
 しかし、細々でも田舎の消費生活を担ってきた、「農協購買部」がなくなるとかなり不便になるのは間違いないですね。
 代行して営業する受け皿探しも一部では行われているようですが、ど素人がど田舎でお店をやれる見込みもないし、難航しているようです。
 かくして、過疎高齢化の集落を一気に「限界集落」へ移行させるようです。
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熊野市周辺地図です


by je2luz | 2010-05-13 10:04 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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