LUZの熊野古道案内

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2010年 02月 22日

熊野の旅 旅と水

 人間、水が無ければ生きられません。
 日本は「瑞穂の国」で水とともに農耕をして生きてきています。
 雨が少ないと言われる瀬戸内地方でも、川があり、湧き水もあります。
 少し歩けば、沢や清水や川に行き着きます。
 集落に入れば井戸に巡り合えます。
 旅人にとっても、竹筒に入れた、少しの水を携行するだけで済むという恵まれた国なのです。
 まあ、それも、昔の話にはなってきていますが、今でも、熊野古道の山の中で見つかる水は虚弱体質の人以外なら飲んでも大丈夫なものが多いです。
 上流に民家が無い限りほぼ大丈夫なのが日本の水です。
 「大腸菌」を調べればどんな山奥、未開の谷水にでも居るそうですけどね。
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 写真は熊野市の山間部を流れる「大又川」、道の駅「熊野きのくに」の所です。
 この上流には民家が100軒余りあります。
 清流ですが、今では飲用には適しません。
 昭和40年ごろまではこの流域の人々は、この川で野菜を洗い、洗濯もしてきたのです。
 野菜洗いと洗濯が同じ…
 洗剤は石鹸でしたし、河川の自然浄化能力を超えることが無かったので問題はなかったのです。
 日本中の田舎同様、この「大又川流域・流れ谷」も川とともに生活してきたのです。

 いつの間にやら、井戸を電動ポンプでくみ上げたり、山から自家用の簡易水道を引っ張ったり…集落で簡易水道を作ったり…
 生活がものすごく便利になったのと引き換えに、川に負担がかかりだしました。
 都会のように川を殺すまでは行きませんでしたが、目に見えない「農薬」まで加わって、「川の水は使えない」と言うふうに人々の頭の中も変わってしまいました。
 川は放置され、河原には草が茂り、人々が川に近づくことも出来なくなりました。
 高級な釣りの『鮎釣り』と『アマゴ釣り』以外は魚を釣る人も子供も居なくなりました。

 でも、まだまだ「大又川」は農業用水や夏の子供の水遊び場としてがんばっています。
 そして、しばらく下ると、「七色ダム」に入り、「電気」となって都会に出てゆきます。
 もう、40年も送り続けています。
 ちょうど、若者を送り続けて日本を支えたように、この水も戦後の日本発展の手助けをしたのです。
 皆さんも、ここの水の恩恵にあずかったことがあるかもしれませんよ。
 はるか離れた、新宮で水を飲んだりご飯を食べてもこの水が入っている可能性が強いですしね。

 日本が緑で暮らしよいのは、こうした「よい水」があったからなのですが…
 龍神様なんてのも忘れられてきたようですしね。


熊野市周辺地図です


by je2luz | 2010-02-22 11:05 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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