LUZの熊野古道案内

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2010年 01月 08日

熊野の旅 産田神社 棟札

 先に「大馬神社」のむ名札のことを書きました。
 明後日が「産田神社」の祭りですから、こちらに残された「棟札」についても書いてみます。

 古いものは、「永世18年・1521」だそうです。
  奉棟上 産田二所大明神 と書かれているようです。
 次が 「慶長元年1596」 奉造立 若宮一社

 棟札と言ちょうど500年です。
 まあ、500年前には今のように社殿を構えた神社があったということでしょう。

 永世の棟札には…
  紀州無漏郡有馬荘司榎本朝臣和泉守忠親
  神主 藤原森純

  祈願文らしきのが
   一天泰平四海無為
   庄内安全人民快楽    とあります。 意外と庶民的な感じです。

 「大馬神社」に比べると、「産田神社」の方が今でも庶民的、鎮守様の雰囲気があります。
 これは、こんな昔から少し違いがあるようです。

 奉納札などには江戸時代・元文二年・1737には住吉大伸が顔を出し、明治になると秋葉神社も顔を出します。
 お寺さんでも、ご本尊のほかにいろんな仏様が増えたりしますからね。
 この資料では仏様の名前がごちゃ混ぜにはなっていませんね。
 すぐ脇にお寺さんがありますから、ごちゃ混ぜにしなかったのかもしれません。

 「神宮」発祥の地、丹後の国『籠神社・このじんじゃ』の境内に、「この神様はこの仏様」と言う説明の立て札が立っているほど、無理やりと言うか、「神」と「仏」を一緒にしてありますからね。
 『本地垂迹』と言う便利な学説が奈良時代に唱えられて以来、明治政府による切り離しまで延々とごちゃ混ぜ政策がとられたわけですからね。
 日本の神様はギリシャ神話の神様と同じように、かなり人間的で「命」などとかかれますが、「ありがたい」ものではなさそうです。
 神社の神域は「ありがたい」けど…
 どうも、「命」なんて付く人の素性はあまり知らない方が良いのかもしれません。
 あっちこっちで喧嘩して…大和朝廷を築き上げ広げた人の伝記的になりますからね。
 そんなものを抜きに、日本古来の原始宗教的に拝んだ方がよさそうな気がします。
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熊野市周辺地図です


by je2luz | 2010-01-08 12:27 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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