LUZの熊野古道案内

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2009年 12月 27日

熊野の旅 門松

 私が子供の頃でも、「門松」と言うと、本の中では「竹をスパッと斜めに切って三本並べて足元に松だとかをあしらったもの」がのっていました。
 東京を中心にするとああなるのでしょうけどね。
 「門松」は地方により、又、地区により随分違いがありますね。
 「注連縄」だって随分違いますしね。

 私が育った熊野市の飛鳥町では、中心に座るのは『榊・さかき』です。
 飛鳥は山の中で榊はいくらでも裏山に行けば手に入ります。だから、大きな榊を中心にして足元に「松」「笹」「梅」と「ウラジロ」「ゆずり葉」「南天」など縁起の良い木を配したものでした。
 庭に杭を打ち込んで。「でん」と立っていたものです。
 その大きさはその家の格式を示すような感じでどでかい榊のものから、小さなものまでありました。
 林業家は自分の山ですから大きな物を使えましたからね。
 高さ3mにもなるものは、育つのに10年も余って掛かりますからね。
 山の手入れをするときも、下生えを全部刈り倒しても、「榊」と「香華・しきび」は刈り倒さないで残したものです。
 残した榊は、「これは来年の分」「あれは再来年の分」ときちんと目星をつけていたのです。
 何しろ、「門松」となると、左右二本揃わないといけませんからね。

 同じ熊野市内でも、木本に来ると、「町」ですから、大きな榊など手に入りません。
 それに、家の前に庭なんかある家がほとんどありません。
 だから、門松は玄関脇に打った釘にちょこんとくくりつけられるものに変わります。
 それも、中心が「榊」ではなく「松」になっていたり…
 私の家にはその小さな門松をくくりつける釘もありません。
 最初の頃はお袋が持ってきて、外の門のところにくくりつけていたようですけどね。
 注連縄も勝手につけていました。
 およそそうしたものに不熱心な私ですから、風習の伝承には役に立ちません。

 このような「門松」だったのですが、国鉄時代から「熊野市駅」の前には「東京風門松」がドカンと座っていました。
 昔はあれ式の門松は駅でしか見られなかったものです。
 ところが、先日の「朝市」では「東京風門松」の作成教室をやっていました。
 もちろん、小さなもので、卓上に飾るミニチュア判でした。
 古来の門松は飾れるようなものではないし、スーパーなどで売っているのも「東京風門松」だし…
 今の若い人や子供は「田舎風門松」を知らないのですから、そのうち、熊野でも「門松」はああいう物と変わってゆくのでしょうね。
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熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-12-27 11:09 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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