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LUZの熊野古道案内

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2005年 06月 23日

熊野古道の周辺 飛鳥・流れ谷の里 2

 ここ飛鳥は歴史的にはっきりしているのは南北朝時代に南朝の落ち武者が落ちてきたことでしょうね。
 町内、神山(こうのやま)のお寺には少し書き物が残っているようです。
 奈良とか京都から見ると、吉野でさえが片田舎、山の奥に鹿が無く位の場所です。
 そこから更に南に100Km・・・それも、鹿ではなく狼が跋扈する大台の山を越えた先など、想像も出来ない地の果て、恐ろしいところだったでしょうね。
 平家の落人も、関が原の落人も、何かあるたびに落人達はこの辺に逃れてきたのでしょうね。
 残念ながら、このあたりには『見目麗しき乙女子』は居なかったのか「ヒエ搗き節」のようなロマンティックな悲恋物語は残されていません。それとも、村の娘が惚れるほど男前の若武者が落ちてこなかったのでしょうかね。地元としては後も方が良いですね。
 ここ飛鳥から一山越えた奈良県吉野郡下北山あたりには平家の落人が一杯来たらしいですね。そちらの方が山が高く何となく落人物語には似合いそうです。それに、飛鳥では落人をしのばせる展示物や作り物が無いので、観光のお客さんが行くところが無いですね。
 大阪方面から169号線・309号線経由でこられる方は、熊野市に入ってしばらくの間の山間部の集落が昔々、落人達が落ち延びて住み着いたであろう流れ谷の里ですから、そのつもりで山々を見ればそう感じられるかもしれません。
 こうした場所もご多分に漏れず二車線の国道が出来てしまい、日本の田舎『金太郎飴』になってしまったのが残念です。
 42号線で名古屋方面から来ても熊野市に入ってすぐの集落からがこの里です。
 両方の道共に清流・大又川に沿って走っています。
 ドライブ途中の休憩にも適したきれいな川です。
 42号線沿いの『道の駅・熊野きのくに』のそばには親水公園もあり、清流を眺めながらゆっくり休憩できます。是非お立ち寄りください。
写真は親水公園から見た清流・大又川と道の駅・熊野きのくにです。


by je2luz | 2005-06-23 02:52 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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