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LUZの熊野古道案内

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2009年 12月 09日

熊野の旅 昔の浜街道はこんな感じだったのかも…

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 国道42号線は熊野市と新宮市の間、ずっと「七里御浜」に沿って走っています。
 以前は有馬、阿田和、井田などと言う集落では少しだけ曲がって街中に入りましたが、二車線に改修するときに完全に海岸沿いになりました。
 集落以外の場所ではほぼ今の位置で砂利道が続いたものです。
 私のかすかな記憶では、その砂利道の両側に松林のあるところが結構多かったものです。
 私の記憶は戦後のものですが、戦時中に松原を切り倒して開墾したそうですから、戦前にはもっと多かったのだと思います、
 今は国道から海側は国有林のところが多いのですが、山側は民間に払い下げられて松林などありません。
 更に、戦後すぐ位から猛威を振るってきた「松喰い虫」の被害でもはや松の大木など存在しない「松原」になってしまいました。
 かつての松林は昔の人たちが植林して防風林として育てたものです。
 高波の時に押し寄せる波を抑える役目も果たしたのでしょうね。
 今は、名前こそ「有馬松原」などといいますが、ほぼ完全な「温帯性照葉樹林」になっています。
 学者に言わせると、松林にはこうした雑木を生やしてはいけないのだそうです。しかし、営林署時代は手を入れないことがいいことだとばかりに放置林にしてありましたね。
 手入れをしていても松喰い虫はとめられなかったかもしれませんけどね。

 この防風林の中には、有馬町の「有馬保育所」を『過ぎたところから志原尻までの1.5Kmほどと、志原川をわたった神志山オークワ前から数百メートルの間、遊歩道が作られています。
 林の中に地道がずっと続きます。
 最近、下生えを整理して気味の悪いところは減っています。
 それまでは何があるかわからない原生林状態だったのですが、今は散歩道に良いものになってきています。

 残念ながら、この遊歩道は「熊野古道」の観光コースにはなっていません。
 ガイドブックには一応載るのですが、熊野にこられる人も、「大吹峠」「松本峠」「木本神社」「獅子岩」「花の窟神社」「産田神社」と回るのが精一杯です。
 このコースのお終いのところから始まるのがこの「遊歩道」です。
 『御浜街道』とも言われた昔の「浜街道」はおそらくこの写真のような感じのものだったのだと思います。
 ほんの少しだけ広く、周りの木々が松の木だったでしょうけどね。
 そして、海側を見ると松の間から熊野灘が光っていたのだと思います。
 今では、そちら側は防波堤があって海は見えません。

 たまに浜街道を歩く観光客の人も居られますが、ほとんど全員堤防の上を急ぎ足で歩いています。
 景色は良いですが、コンクリートの堤防の上では急ぎ足になります。
 のんびりと歩くなら、目にも足にも優しい林間の遊歩道の方が良いと思いますよ。
 昔の熊野詣の巡礼さんはこちらを歩いたのだと思いますからね。

 カメラはソニーA350+ミノルタ80-200ズーム、28-85ズーム


熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-12-09 11:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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