LUZの熊野古道案内

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2009年 11月 14日

熊野の旅 熊野灘

 昨日は熊野市の名前が随分テレビで流れました。
 全国版で全部の放送局から「熊野市」などといわれるのは久しぶりですね。
 世界遺産指定のときは広域の話題なので、はんの片隅にしかならない熊野市の名前はついでみたいな物でしたし…
 近年では子供の虐待の時くらいでしょうか?
 昔には猟銃事件なんてので賑わせた事もありますけどね。
 だいたい、名前が出てくるときはろくなことではありません。

 昨日のフェリー「あけぼの」は久々の難破船です。
 少し前には、熊野市沖で事故から火事になった船もありますが、これは難破ではないですしね。
 二十年ほど前になりますか、居眠り運転で紀宝町の浜に真っ直ぐ上陸してきた貨物船がありましたね。

 ここの海は『熊野灘』です。
 七里御浜の部分などは弓なりに引っ込んでいるし、潮岬から大王崎を結ぶ線の内側になり、黒潮本流から少し離れて静かな方です。
 熊野市の辺りでは、大型船は水平線の辺りを航行します。

 熊野灘は『灘』なのです。
 「サンズイヘン」に「ムズカシイ」と言う字が使われるところです。
 古くは「神武天皇」の軍勢が難破して二木島に上陸したとか言われます。
 村長とか代官所とかに記録が残されるようになってからも、日本国内の船はもちろん、中国の船だとか南蛮船だとかが難破した記録があちこちに残っています。
 近代になって有名なのは「トルコの軍艦」でしょうね。救助に尽力した串本へは今でも使節団が来るとか…
 御浜町の浜辺近くでは、「ビキニ環礁」の水爆実験で被爆した「第五福竜丸」のエンジンを移植していた「第三千代川丸」と言う船が難破し、近年引き上げられて話題になったこともあります。
 全国あちこちにある『灘』は同じように、船乗りにとっては恐ろしいところなのです。
 天気の良い時、陸から眺める「熊野灘」は広々として綺麗な海なのですけどね。
 そんなときでも、大きな「サンフラワー」がこの沖からしばらくは揺れましたからね。

 最近は「熊野灘」と言うのはカラオケでも余りかからないでしょうが、場所の名前としてもあまり使われないようですね。
 範囲もあいまいな言葉ですからニュースなどでも使いにくいのでしょうかね。
 「熊野灘」「枯木灘」「遠州灘」「播磨灘」「日向灘」「玄界灘」「鹿島灘」・・・日本中、「灘」だらけですね。
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 今回は人の被害はありませんでしたから、ましな方なのでしょうね。
 ただ・・・
 これから出てくるのが漁業被害です。
 海は広いですが、このすぐ傍の、「えび網」とか「大敷」は場所を移すことも出来ないのです。
 大敷などは海図に位置も記載される障害物だけにわずかなズレでも叱られる位ですからね。
 どれ位の汚染がいつまで残るのやら…
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2009-11-14 12:34 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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