LUZの熊野古道案内

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2009年 11月 05日

熊野の旅 飛鳥神社の祭り 最大の呼び物は

 人が減ってしまって寂しくなってきた「飛鳥神社の祭り」ですが、浦安の舞・神楽・奉納太鼓などには集まらない人たちが、殆んど全員集まる出し物があります。
 お祭りの最後に行われる、『餅撒き』です。
 この辺りは、「餅撒き」を「もちほり」と呼び、実に色んな時に行います。
 「お祭り」「初午・厄落とし」「建前」「落成式」なんだかんだあちこちで撒いています。
 一種の文化みたいなもので、もちを拾うのが当たり前で、皆さん童心に返って夢中で拾います。
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 昔から盛んでしたが、この餅広い風景も随分変わったように思います。
 私が子供の頃の「餅ほり」はもっと殺気立っていましたね。
 時代が時代で、「餅拾い」が娯楽を通り越していた面もありましたからね。
 今より、拾う人は多いしその割りに放るもちが多かったわけではないですし、子供の弁当すらもたせられないほどの食糧事情だったのですからね。
 その頃でも、年寄りと子供は一番前とか片隅とか保護はされていたのですが、途中からは殺気立った大人が押しつぶす、跳ね飛ばす…で大変だった物です。
 それに、昔は「ビニールの袋」なんて無いので、餅は裸で撒かれました。
 地面の上に落ちるので場所によっては泥だらけになりましたね。
 神経質なわけでもないのですが、子供の頃は「餅拾い」は余り好きでは無かったです。
 拾うのはお菓子とかみかんとか…
 今は写真を撮りながらも、足元に転がってくる分だけ拾います。
 飛鳥神社では「やぐら」を組みますからその下に入って写真を撮ります。
 今年は一個しか転がり込んでこなかったので、収穫は一個だけでした。
 当たりくじの券が入った餅も混じっているのですが、当たっていませんでした。
 
 この「餅拾い」は参加型の出し物ですから人気があるのですね。
 境内や外の駐車場などでたむろしていた子供もじいちゃんばあちゃんもほぼ全員参加するので餅撒きの場所だけしか人が居なくなります。
 
 こんな風に、「参加型」の出し物って中々無いものですよね。
 それに今は、「夢中」にはなりますが、「殺気立たない」ですから、皆さん良い顔して拾っていますね。
 この餅槙が終わると、「飛鳥神社の祭り」は終了します。

 ここの祭りはきちんと終了宣言があります。
 午後1時ごろには終了します。
 昔はぐだぐだと酒を飲んでふらつく人もたくさん居たのですが、今ではお神酒すら断る人が増えていますから、終わりもスッキリ終わりますね。
 まあ、味気ないという面もあるのでしょうけどね。
 「祭りの帰りに、自転車で田んぼに落っこちた」…「自動車が田んぼに転がっていた」…なんて事は無くなったようです。
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カメラはミノルタα7700i+コシナ19-35ズーム


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2009-11-05 11:04 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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