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LUZの熊野古道案内

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2009年 11月 04日

熊野の旅 田舎の祭り 飛鳥神社

 昨日行われた、熊野市飛鳥町の『飛鳥神社の祭り』は田舎の鎮守様のお祭りです。
 とりたてて変わった神事も無く、大層な見世物も無く村人が集まって…
 昔は無かった「浦安の舞」が増えているのと、「太鼓の奉納」が増え、「七五三」が合流したのが大きな変化でしょうね。
 でも、もっと変化したのは、参拝者数の減少でしょうね。

 飛鳥神社はかなり古い神社らしいです。
 この飛鳥の地、神社のある小阪地区なども結構古くから人間が住みついたといわれています。
 そして、この神社も随分古くから祀られてきたと言われています。
 「大又川」の川岸に立つお宮さんも広くないし、山を背景に建つお宮さんのように借景で格好付けるということも無いのですが、結構良い雰囲気の物です。
 境内もせまいし、社も小さな物なのですがね。
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 出し物も見世物も少ない祭りなのですが、昔ながらの住民が住む「飛鳥村の鎮守様の祭り」なので、集まってくるのが、昔ながらの顔ぶればかりです。
 舞や太鼓が奉納されていても、人々は余り集まってゆきませんが、ここかしこで固まって話し込んでいます。

 「飛鳥村」はかなり広い村でした。
 「大又川」に沿って集落が点在する形なので、10Kmほどに細長く延びた村でした。
 「大又」、「小又」、「小阪」、「佐渡」、「野口」、「神山」と言う大字があります。
 そして、「大又・小又」で小学校が一つ、「小阪」で一つ、「佐渡・野口・神山」で一つ… 
 一つの村に正規の小学校が三校も作られるほど広かったのです。
 広いからこそ、幼馴染などもめったに顔が見られません。
 珍しい顔に出会えるのは、「葬式」と「祭り」くらいなのです。
 だから、祭りの日には『旧友・朋輩』の話に花が咲くのです。
 ミニ同級会、同窓会みたいなのです。
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 同じ位の人口の集落でも、漁師町などはぎっしり家が建て込んでいる事が多く、みんなが顔を合わすことも多いのですが、90%どころか100%近く山と言う地形のところではそうは行かないのです。
 今でこそ道が良くなったし、軽トラックといえども自家用の足があるし…行こうと思えば村の端から端まで簡単に行けますけどね。
 こうなったのも昭和の後半からです。
 急流の「大又川」の川沿いに長く伸びていますから、行きか帰りか、どちらかがずっと続く坂道なのです。自転車時代はそれだけでも億劫な物でした。
 私の育った「小阪」は村の真ん中でしたが、上流の「大又」に遊びに行くには、行く道は自転車の上で立ち上がってこいだり、押したりです。帰りは途中の小さな上り以外は余りこがなくてもいいのですけどね。
 下の「神山」へ行くと、日暮の帰り道がずっと登坂だったのです。

 そんな道だったのに、昔の方が上の人も下の人もお祭りには集まってきていましたね。
 娯楽が無かったから…だけでは無いような気もしますね。
 「村への帰属意識」「村人の連帯意識」みたいなものが切れてきているのでしょうね。
 こうして、日本中の「田舎の祭り」が変質してゆくのかもしれません。
 だって、下のような子供も、大人になる頃にはここには居なくなるのでしょうからね。
 そして、出てゆくのが当たり前になってしまっているので、余り寂しいとも思わなくなっているのですからね。
 今では、昔の歌謡曲のような・・・「別れの一本杉」「お月さんこんばんは」…あんな感情も情景も浮かばないでしょうからね。
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カメラはミノルタα7700i+コシナ19-35ズーム


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2009-11-04 10:18 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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