LUZの熊野古道案内

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2009年 11月 02日

熊野の旅 やっていました…みかん狩り

 昨日、「里創人・熊野倶楽部」にちょいと届け物に行ったら、やっていました…
 あの場所が大々的にデビューした当時の呼び物だった、「みかん狩り」です。
 昔のみかん狩りのメイン開場辺りは、「熊野倶楽部」を作ったので、造成され消えてしまったので、その下側辺りでやっています。
 仮設の番人小屋と休憩所をしつらえて、やっています。
 番人は上の売店のスタッフがやっていました。
 日曜日ですから数台の車が停まっていましたね。
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 この場所一帯は、国の農業政策、「パイロット事業」として大規模に開発された「金山みかん園」だったのです。
 昭和36年度, 県営開拓パイロット事業の基礎調査. 昭和38年度, 全体計画の承認 ... 昭和40年2月, 農事組合法人金山パイロット設立. 昭和45年度, 開墾工事・植栽が完了と言う壮大な物です。
 私が熊野を離れる時に動き出し不在の間に完成したものです。
 地元では「金山パイロット」もしくは「パイロット」と呼ばれてきました。
 本業はみかんの生産ですが、一般に見えるのは「みかん狩り」でしたね。
 10月から11月一杯位の2ヶ月ほどがみかん狩りの時期です。
 開業当時は国のパイロット事業ということもあり、世界遺産ではないのですが、大々的に外に向かって宣伝活動もし、国鉄の駅などにも大きなポスターを貼り、パンフレットもふんだんに発行していましたね。
 お客さんもバスを仕立ててやってくることもあり、そこそこ賑わったこともあります。
 しかし、パイロットが完成した頃には「みかん余り」が始まりました。
 その前には「みかん御殿」なんてのが建った産地もあったのですが、その時代の終わりでした。
 そして、長年赤字続き…

 その窮状を救おうとして、リゾート法に乗っかって、ゴルフ場とレジャー施設を作ろうとしたのはもう二十年ほど前なのです。
 「みかん狩り」もこんな遠方までわざわざ来る団体さんも居ないし、観光の目玉にもならなくなっていました。
 昭和の終わりがこうした観光の終わりでもあったようです。

 ここへ来て、「里創人・熊野倶楽部」が出来たので、そのレジャー部門の一部として、『みかん狩り』が再開されたようです。
 大々的なゲートも、看板も無く、蜜柑園の一部を有料で開放してあります。
 写真のように、摘果していない鈴生りの温州みかんの木が並んでいます。
 木も年数が経った成木でそこそこおいしそうなものです。
 中には皮が厚くて地元の人は採らないような木もありますが、みかん狩りは食べてみてから採れますから、おいしい木の物だけ採って帰ればよいのです。
 今月一杯は行われていると思います。
 「熊野倶楽部」の受付なり売店で聞けばみかん狩りはできると思います。
 天気がよければ結構楽しい物ですよ。


カメラはSONYα350+シグマ10-20ズーム使用


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2009-11-02 13:51 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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