LUZの熊野古道案内

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2009年 10月 24日

熊野の旅 田舎を知らない田舎の子

 ふと思ったのですが・・・
 この辺りは、昔も今も「田舎」です。
 人口が1/3も減って都会になるはずはありません。
 でも、住民はなんだか都会化しています。
 特に子供は都会化したようです。

 昔は、田舎の中で更に分かれて、町場の人と山や浜の人を区別していました。
 この辺で唯一つの町だった木本の人たちは、山間部、「飛鳥」とか「五郷」の方を『奥・おく』と呼んでいました。
 まあ、たしかに「奥」なんですけどね。
 ニュアンスは「奥座敷」ではなく「山の奥」ってものでした。
 私などは、「飛鳥」で育ちましたから、木本で住んでいた従妹たちには『奥の子』と言われていましたね。

 その頃の『奥の子』は奥で育つことのメリットも享受していました。
 「町の子」はお金が無かったら、おやつにもありつけませんでしたが、「奥の子」は自力更生…季節に応じたおやつを調達できました。
 昨日書いた「山イチゴ」などもそうですが、柿・栗・ぐみ・木苺・笹竹のたけのこ・ねこじゃらしみたいなやつの未熟な穂・さつきの花・さつきの葉の虫こぶ・ゴンパチ・にんじん・ソラマメ・川魚・・・これらの中には他所の畑の物もありますけどね。
 さらには、ワラビやゼンマイなどを採って小遣いをせしめたり、茶の実と拾って業者に売ったり…色々、遊びながらサバイバル的な知識も身に付けました。
 まあ、木本なんてのは狭くて、すぐ裏が山ですから、生活力のある『ガキ』は山に入ってそれに近いことをしていたようです。
 町では簡単に買い手が付く『メジロ』なんてのを捕って稼いだのも居ますね。
 もちろんその頃も違法だったのですが、何しろ『メジロの鳴き合わせ』とか言う競技が流行っていましたからね。
 さらには木本の子でも要領の良いのは、浜で引かれていた地曳の綱にすがった、ちゃっかりおかずをせしめたりしていましたね。あくる日の飴玉代に化けますからね。

 このようにして、『田舎の子』は『田舎』を知っていると言うか、「身に付けていた」のです。
 大人になって景色を眺めても、単に「景色が懐かしい」のではなく、その景色の中に「子供時代の日常生活」が浮かんでくるのです。
 「あそこの石垣から落ちたなあ…」、「あの家の柿はうまかったけど爺さんが怖くて中々盗れなかったなあ…」 「あの淵には今でもでかいウグイがいるんだろうか…」、こんなときには暗い岩の穴でギラリと光るウグイが浮かんできます、

 でも、今の「田舎の子」は田舎に育っているのに「田舎」を知りませんね。
 「田舎」で遊ばず、都会の子と同じ服を着て同じ遊びをしていますからね。
 言葉も変な風に「標準語化」していますしね。
 この辺の、「にゃあ」「ぎゃあ」と言う猫みたいな語尾もうんと少なくなっています。
 かくして、「田舎の子」のバイタリティも段々無くなっていっているようです。
 「都会の子」ほど要領よく生きるすべは身に付かないようですし…
 なのに、都会に出て暮らすんだし…
 大丈夫でしょうかね?
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2009-10-24 10:59 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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