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LUZの熊野古道案内

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2009年 09月 22日

熊野の旅 学校統廃合 最後の運動会 1

 二十数年前、私も山間部、熊野市飛鳥町の小学校の統廃合について、少しばかり画策してみたことがあります。
 その当時でも、統合しないと教育がおかしくなる状況になってきていたからです。
 同級生4人が全部女の子・・・違う学年3人は男の子・・・
 そんな状況も生まれてきていましたからね。
 グループ学習なんて出来るわけも無いし、私の子供の頃に映画にまで出てきた「山の分教場」よりひどい状況が出来てきていたからです。
 しかし、子供を持つ親は「賛成」、子供の居なくなったお年寄りが猛反対・・・で動きが取れなかったものです。
 おまけに、私は飛鳥には住んでいませんでしたしね。

 更に月日が流れると、子供の数は減る一方です。
 すでに、日本国の子供の数は私の同学年の半分ほどに減っているのですから当たり前の話なんですけどね。
 半分の子供が、半分の数の子供しか生まなければ・・・
 実に単純な話なんです。
 近年でも、怖すぎる話なので公には具体的な話を出さないだけです。

 ようやく、山間部の小学校の統廃合が実施に移されることになりました。
 そして、この9月20日に「最後の運動会」が行われました。
 以前から、運動会は「区」との合同開催になっていましたが、最後も「区」との合同でした。

 統廃合になるのは、『熊野市立飛鳥小学校』、『熊野市立小阪小学校』、『熊野市立日進小学校』の三校です。
 これらは、旧・飛鳥村立のもので、同じ村の学校だった物です。
 明治時代に学校が出来る頃、この飛鳥町の地形が大又川沿いに細長く伸びる物で、小さな子供が例え中心部に学校を作っても通学困難と言うことで、上流・中流・下流の三箇所に小学校を構えたのです。
 そして130年ほど経って、1校に絞られることになったのです。

 最後の運動会と言うことで、小学校がなくなる、大又・小又地区の『飛鳥小学校』と小阪地区の『小阪小学校』に行ってきました。
 小学校・区の合同運動会と言っても、両校ともに児童数が全校で十数名とかですから、出し物のほとんどが大人参加のものです。
 私の子供の頃のように沢山の子供が居た時でも一般参加のリレーや老人の参加するものはあったのですが、今では一般参加の番組の間に『児童』の物が混じっていると言う感じですね。
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 大又の『飛鳥小学校』では一般・・・お年寄りの集まりがもう一つ良く無い感じでしたが、中学生とかの若い子が勢ぞろいするくらい集まっていて、一般参加の競技に参加していましたね。
 古典的な『飴喰い競争』を含んだ障害物競走なんてのも行われていました。
 まあ、上の光景は普通のものですよね。
 しかし・・・
 ここは小さな集落の田舎です。
 走ってきた相手次第では下のようなことになります。
 そのために、区長さんを始め、腕っ節の強そうな人が飴を入れた餅箱のところに待機しているのですからね。
 これが出来るのも、みんなが顔なじみ・・・と言う田舎の学校の良いところなんですよね。
d0045383_11361559.jpg

 私はここのOBでも無いし、住民だったことは無いのですが顔jなじみが多いのでこうして最後の運動会の記録を少し残すために出かけました。

 『飛鳥小学校の公式HP』を調べたのですが、残念ながら2001年に更新されて以来放置されているようです。
 これも、各地の学校のHPに起きていることで、導入されたパソコンも熱心な先生が居る時は動いていても、居なくなると忘れられると言うことが多いのです。
 最後だからと言って私が書き変える事も出来ませんしね。
 機会があれば、校舎の風景などを入れたページを私のHPに組み込むかどうかしておこうと思っています。


 カメラは上がミノルタα7700i+コシナ19-35ズーム使用

 下はSONY α350+SIGMA10-20ズーム使用


熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-09-22 11:48 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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