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LUZの熊野古道案内

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2009年 09月 18日

熊野の旅 熊野の基幹産業 製材 2

 製材所では元来二人一組で仕事をしてきました。
 長くて重いものを扱いますから、一人ではできなかったと言うこともあります。
 一方では、木の挽き方を決めて機械を操作する、『腹押し工・はらおし』が助手に当たる『先取り工・はなどり』に少しずつ仕事を教え、助手の方は現場で毎日見て覚えて行ったのです。
 一種の徒弟制度的なところもあったわけです。
 確かに、新人教育には効率の悪い方法です。
 しかし、昨日も書いたように、不透明で中の見えない丸太の節を予測したり、反りやひねりを予測して製材するのは数をこなさないと分からない物です。
 「助手・はなどり」をしていても、漫然と出来上がってくる端材や製品を受け取って仕分けしているだけだと、退屈で面白くないし、10年経っても木を挽けるようにはなりません。
 数学的には、丸太の細い方(末口)がどれだけあれば、4寸角の柱が取れるなんてのははじき出せるのですけどね。
 節も無く、曲がりも無く、ひねりも無い丸太なんて一本もありません。大根でさえひねったり曲がったりしている物ですからね。
 今は助手が居ないのですから、そうした経験を積むことなく、「腹押し工」の傍に居てすぐから教えられます。詳しくはプリントを見て暗記する・・・なんてことですし、働かない人間を何年も台車に乗せて月給を払うような余裕はどこにも無いですからね。
 これは養成所みたいなところへ行っても同じ事なのです。
 いっぱしの理論?は言っても、良い木を挽かせると壊してしまうことが起きるのです。
 一番の被害者は製品価値を落とされる会社ではなく、本当はそんな木で家を建てられる施主さんでしょね。
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 丸太を製材する時には、外の皮が邪魔になります。
 皮が付いたままで製材機にかけると、のこぎりが皮も挽くので黒い色が製品について汚くなります。さらに、ざらざらした皮には小石や砂が挟まっていることがあり、のこぎりを傷めます。
 端材の処理でも、皮が付いたままではパルプ用のチップにも出来ません。
 と、言うことで皮は綺麗に剥ぎ取ります。
 昔は人力でしたが、これも今は「バーカー」と言う機械でむきます。
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 この工場は山間部飛鳥町の大又川河畔にありますし、近所には家が二軒しかありませんから、騒音も匂いも割合と平気でやってきましたが、製材と言う物は結構騒音も大きいし、匂いもきついし、埃も立つし、大型トラックは出入りするし・・・
 昔は町中にも一杯製材所があったのですが、周辺に家が建ってくるようになると操業できなくなってやめてゆきましたね。
 それに、廃棄物処理などに大金が掛かるようになるし、製材所が儲からなくなってきて、広い敷地で赤字を出すより宅地で売るなり、貸すなりした方がましになったこともありますしね。
 全国でも有数の材木の集散地で製材所もものすごくあった、新宮市内も今では皆無に近いです。
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 材木・製材・林業業界の凋落は、この端材の最終形のチップにも出ています。
 かつては、製材の端材を集めてこのようなチップを作る「チップ工場」も沢山あったのです。
 杉も桧も端の端まで利用しつくされたのです。
 しかし、今では紀州で動いているパルプ工場は鵜殿の「紀州製紙」だけです。
 かつては、地元の杉桧のチップは新宮の「巴川製紙」に運んだのですが、今ではその工場跡には巨大なショッピングセンターが出来ています。
 鐘を生み出す工場から、なけなしの金をよそに持ち出すためのショッピングセンターへ・・・
 困った傾向ですね。

 このチップサイロは私が若かった頃からあります。
 このサイロからチップを積んでs「巴川製紙」まで運んだ物です。
 その頃は43号線は砂利道で、重心の高いチップを積んだトラックの運転には気を使ったものです。
 町中では軒先を削ったこともありますし・・・
 運ぶ物が無くなってトラックは減ったのに道だけは良くなっていますね。


 カメラはSONY α350+SIGMA10-20ズーム使用


熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-09-18 12:23 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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