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LUZの熊野古道案内

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2009年 09月 09日

熊野の旅 県立木本高等学校・近大高専

 この人口2万人の熊野市に高等学校が二校もあります。
 タイトルの「三重県立木本高等学校」と「近畿大学高等専門学校」です。
 さらに、隣の南牟婁郡人口1万ほどのところにも1校、「三重県立紀南高等学校」があります。
 高校進学に関しては入学の容易さと言う面では非常に恵まれた地区です。
 高校全入が高等教育に相応しいかどうかを抜きにすれば、この辺の子弟は本人が嫌がらなければ全員高等教育を受けられます。
 さらに、県立木本高等学校には定時制も併設されています。
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 先日も書きましたが、その中で、「近大高専」が撤収・・・昔の日本軍式に言えば「転進」を発表しました。
 あと二年で熊野の募集は停止だそうです。
 行き先は名張市になりそうです。
 伊勢の「皇學館大學」の名張校が失敗に終わって、キャンパスが開いてきているので誘致した名張市が代替え校を探していて、近大に対し盛んに売り込みを行っているようです。

 先日、この辺に人が、「高専が出てゆくと言うのに熊野市は何もしない・・・」と怒っていました。
 しかし、近大高専、以前に「熊野高専」と呼ばれていた頃から、近大側の撤退希望はもれてきていました。
 もう、20年も前でしょうかね。
 この「近大付属熊野高専」はこの辺にゆかりのある、和歌山県二区選出の代議士の世耕耕一さんが、「工業高等専門学校」が認可される時に、熊野市の誘致に応じて、こんな辺地に作ってくれた物です。
 敷地は地元の寄付金で購入し、熊野市をトンネルにして近大に渡した物です。
 そして、「国立鈴鹿高専」などとともに、将来を背負うエンジニアの養成所としてデビューしたのです。
 私が大学生の頃で理工ブームの最中でしたからね。

 最初だけは全国からの受験生で定員を上回る盛況だったようですが、やはり、ここまで田舎となると・・・
 それに、地元の子弟はやはり、戦前からの伝統を引く「木本高校」への進学を優先しましたね。
 男の子だけを対象にした高専は見込み客を半分にしていましたからね。
 そして、急速な過疎、老齢化の進行で子供が激減、世の中は理工ブームなど忘れましたし…
 なんだかんだで、設立当時とはおかれている「科」も変わったようですし、定員も減らして対応してきたようです。
 近年は女子も受け入れたようですが、焼け石に水のようです。
 おまけに、定員割れ、採算割れするのに「特待生」「優待生」みたいな形での生徒集めも繰り返されていましたしね。
 定員を大幅に割ると閉めなくてはならないから・・・悪循環みたいな物ですね。

 子供の数からみて、この辺で高校を三校も維持するのはもはや無理なんです。
 まさか、小学校ではあるまいし、空っぽの教室で授業をやるわけには行きませんからね。
 そうすると、OBを除くと、地元と縁の薄い、おまけに私立で採算が問題になる「近大高専」が撤収するのが筋と言うことになるでしょう。
 又、この撤収で過疎が進みますがこれは行政の責任を越えたところでしょう。
 我が家を始め、地元熊野の親たちは子供の進学順位を「木本高校」-「紀南高校」-「熊野高専」の順番で位置づけしてきたのですから・・・
 無くなると言うとこうして問題化されるのが常です。
 でも、全国でどれだけの「女子大」や「無名大学」の「ど田舎校」が閉鎖されていったことやら・・・
 用地を造成し、校舎も建設まで補助して、数年で撤退なんてのもありますからね。
 誘致以来、45年ほども田舎で頑張ってくれた近大には感謝しないといけないでしょう。
 世耕さんのつながりが無ければ来なかったし、うんと早く撤退していたでしょうね。

 県立の二つの高校も維持が大変になることが見えていたので、十数年前の木本高校の校長が、全国で何校かの『総合学科』の実験校に立候補し、二クラスの「総合学科」を導入した位です。
 たった二クラスでの総合学科なんて機能させられないのですが、将来を見越し、紀南高校に先手を打ったのです。
 南牟婁郡選出の県会議員が議長をしていた時なので、かなりの圧力があったようです。私にまでその県議から働きかけがあった位ですから、その県議も先を見越し「紀南高校」存続に動いたのだと思います。
 公平に見て、人口分布、通学範囲、伝統などを考慮すると、やはり「木本高校」を最後まで残すのが本当でしょう。

 かくして、最後に残るのは、やはり『木本高校』ってことになりそうです。
 運動場は狭いし、全く広げようは無いし・・・
 通学路は熊野の繁華街なのですが・・・不良化させるような店は一軒も無いです。
 生徒は真っ直ぐ家に向かうか熊野市駅に向かうかしかありません。おまけに、通学列車を一本乗り遅れると夕飯に間に合わなくなると言う、超過疎ダイヤの紀勢線ですしね。
 それでも、悪は昔から居ますからね。

 メインストリートの記念通りが賑わうのは、通学の時間だけ・・・


 カメラはミノルタα7700i+コシナ19-35ズーム


熊野市周辺地図です



by je2luz | 2009-09-09 11:00 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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