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LUZの熊野古道案内

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2009年 09月 01日

熊野の旅 長月 もう秋は終わり?

 今日から9月…秋本番になるはずです。
 しかし、田んぼでは秋が終わりかけています。

 下の写真は8月28日に撮影した物ですが、熊野市井戸町の田んぼではここの田んぼ以外にはほとんど残っていませんでした。
 他の田んぼは稲刈りが終わり、黒々とした田んぼに様変わりしていました。
 昔なら、刈り取るのも遅かったし、刈り取った稲も、「はざ」とか「さがり」と言われる足場丸太や孟宗竹で作られた太い竿に掛けられて一週間ほど乾燥させた物ですから、それも秋の風物詩だったのですが、今はいきなり脱穀してしまう「刈り入れ機」が走り回っています。

 最初の頃は「コンバイン」で名のとおり、細いロープで刈り取った稲を手作業当時と同じくらいの大きさで束ねてくれた物です。と、言うのも、その頃だと、「さがり」などが全国的に使われていたからです。
 一週間ほど稲穂を下にぶら下げて天日で乾燥させると、稲が茎などに蓄えていた養分を子孫を残すために米粒に送り込むので、おいしい米になると言われています。
 しかし、それと引き換えに、束ねた稲を集めて「はざ・さがり」に掛けなくてはなりません。
 雨にぬれたり、台風の襲来にあう率も高いです。
 掛けた稲束は脱穀の時に脱穀機まで運ばなくてはなりません。
 これは大変な作業ばかりです。
 と、言うことで合理化が進んで、いきなり脱穀、灯油を炊いての人工乾燥になり、稲藁は刈り取りと同時に切り刻んで田んぼにばら撒いておしまいと言う風になったのです。
d0045383_152822100.jpg

 稲藁は昔の百姓家では大事な資源で、『縄』『ぞうり』『牛の餌』などになり、田んぼに戻るのは「牛の糞」や牛の寝床になっていたものを発酵させてからでした。
 非常によい肥料になったのですが、今のように生のままでばら撒くと、きちんと発酵せずに分解されてなくなってしまうところも多くなります。すぐに田を起こしてすきこんでしまえば良いのですがそれは行われないことが多いですね。
 この辺のように雪に埋もれることも無く、暖かい太陽が降り注ぐ地方では分解は早いです。
 つまり、そっくり藁を田んぼに戻しているように見えて、肥料としての効率は良く無いでしょう。作業効率のほうは格段に良くなりましたけどね。

 このお百姓さん、去年辺りまでは先代さんがやっていたようで、いきなり『帰農』と言う形で稲作りを始めたのだそうです。
 農家に育っても農業を実際にやったことがなかったので、「全く手探りで恐る恐るやっている…」と、奥さんが話して居られました。
 広い田んぼが広がる場所だし、家の前の『門田』だから、荒らすわけには行かないし…
 刈り入れ機、乾燥機なども新しい物でした。
 米を売った金で買える様な代物ではないし、退職金をつぎ込んだのでしょうか?
 日本の農家はそうしたことが多いですからね。

 農機具が機械化され始めた頃から、山で働いたり、他の家の農作業で得た現金収入で、農協や農機具屋の付けを払うと言うパターンが一般化しましたからね。
 一見、農作業が楽になったけど、よく見ると、その分外で働いて、農機具と肥料を買っている…なんて構図が出来ましたね。
 この辺の農家は小さいから、借金が出来ないので、八郎潟開拓農家のような借金で倒産と言うのも無かったですけどね。

 カメラはソニーα350+
シグマ10-20ズーム



熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-09-01 15:29 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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