LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2009年 08月 26日

熊野の旅 専用列車らしい・・・紀勢本線貨物

d0045383_9551187.jpg

 一昨日書いた紀勢本線の貨物列車を反対側・山側から撮りました。
 夕方だとこちらの方が光の状態は良いです。
 カーブの向きはこっちより向こうの方が良いのですけどね。

 この貨物列車、何を積んでいるのだろう・・・と思ったのですが、どうやら、鵜殿、今の紀宝町の『紀州製紙』の専用列車のようです。
 この列車は紀州製紙からこのままの形で出てきたものです。
 国道42号線で唯一つの踏み切りがこの「紀州製紙」に入ってゆく引込み線の物です。
 国道が改修されるまでは、あっちでもこっちでも本線を渡る踏切があった物です。ことに、記載東線側の三瀬谷だとか方面は多かったように思いますが、今では国道が線路に沿うように走って踏切がなくなっています。
 鵜殿の踏み切りは引込み線なので、随分昔に国道優先式に変わっています。
 いまでは、午前中に工場に引き込まれたこの編成の列車が夕方になったら出てくると言う往復だけですからね。
 たしかに、「紀州製紙専用列車」でなければ、昔のように貨物を扱うと言う駅は無いのですから列車が成り立ちませんね。
 鉄道につき物だった「〒」マークの入った郵便車両も今では無いですしね。もちろん、チッキなんて便利な制度も無いですし・・・
 「チッキ」なんて知らない・・・と言われそうですね。
 汽車に乗るのに切符を買えば、邪魔な手荷物は旅客便に連結してある貨車に積んで運んでくれると言うものです。運賃も安かったのです。呼び名は『手荷物便』だったかと思いますが、そこは器用な日本人ですから、ハイカラな「チケット」をいただいて「チッキ」になったようです。

 大昔、学生時代には上京する時の布団などもこれで送ったものです。宅急便なんて物はなかったですからね。
 駅で受け付けるのは『国鉄駅員』、向こうで配達してくるのは『丸通』でした。
 「日本通運」はがっちり「日本国有鉄道」に喰らい付いて居ましたからね。
 国鉄同様、『満鉄』の引揚者を大量に抱えて膨れ上がったとも聞いています。
 国鉄を食いつぶしながら、役員が金の延べ棒を山分けした事件も有名だったのですがね。
 すっかり勢いをなくした日通、今度は『日本郵便』と業務提携から合併を狙っているようですね。
 体質ですね。

 熊野の日通営業所は今建築中の「熊野市営文化会館」とやらでなくなったのかな?
 配達の方は通販で物を買うと時々日通さんが来てくれますけどね。
 『ペリカン便』が知らない間に『JPエキスプレス』なんてのに変わっていますしね。
 HPなどは完全に真っ赤かの郵便局のもので、日通の黄色なんかすっかりなくなっています。

 と、言うことで、朝夕の二回、国道42号を貨物列車が横切ります。
 出くわしたら運がよいほうでと思いますよ。

 カメラはソニーα350+ミノルタ28-85ズーム・85mmで使用


熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-08-26 10:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/10147675
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 秋 お祭りの予定      熊野の旅 熊野の紳士逝く >>