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LUZの熊野古道案内

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2005年 06月 19日

熊野古道の周辺 神武天皇東征 1 荒坂

 『神武天皇東征』については紀伊半島各地に色々な伝承もあり、古事記などの記載もあります。
 その中で、難破した軍団が流れ着き上陸したと記載されている『荒坂の津』とは熊野市二木島町です。流れ着いた現場は隣の熊野市甫母町です。
 この二木島は古くは『二鬼島』と書いたそうです。木本(鬼之元)の傘下にあったのでしょうね。更に、昭和の合併までの村の名前は『荒坂村』でした。
 ここ荒坂は『熊野のはずれ』です。この先には『逢神峠・おおかみとうげ』がありますが、この地名の由来は『熊野の神と伊勢の神が逢う場所』と言うところから来ているようです。つまり、これより先は『伊勢の国』です。
 ところが戦国時代以降、江戸時代に入ると紀州家の勢力が巨大であり、和歌山に始まり、その所領は今の『紀伊長島』までに及んでいます。その頃以降の伊勢の国と紀伊の国の境は『荷坂峠』になりました。
 この荒坂の津・・二木島湾は荒海・熊野灘を航海する船のとっては貴重な非難港でした。船舶が大きくなり、足が速くなるまでは非常に栄えた港で有ったそうで、戦後しばらくまでは遊郭があったそうです。今では、静かな漁村です。
 神武軍の遭難救助に端を発するとも言われる『船漕ぎ祭り』が今も伝わっています。
 神武東征については、ネット上にも実に沢山の資料が上がっています。門外漢ですから、詳しくはそちらにお任せします。
 流れ着いたのが絶景の地『楯ヶ崎』だそうです。そして、そこと湾を挟んだ対岸とに『阿古師神社』『室古神社』があり、遭難した稲飯(いない)、三毛入野(みけいりの)の兄弟を祀ってあります。
 トンネルとトンネルの間に二木島駅があります。そこから見える小さな湾が『荒坂の津』です。


by je2luz | 2005-06-19 12:41 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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