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LUZの熊野古道案内

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2019年 09月 23日

炭酸ガス 地下貯留

 どんどん放出され続ける二酸化炭素を気体から固体に変えてくれていたのが、植物とサンゴです。
 植物は炭酸同化作用でCO2を糖・炭水化物に変えて成長してゆきます。
 サンゴは海水中の炭酸ガスを炭酸カルシウムに変えて骨格として成長しますが、養分を作っているのは共生する藻だそうで植物の活動みたいですね。
 こうした営みは太古から繰り返されてきて、徐々に酸素濃度の上がって人間が暮らしよくなってきていたはずです。
 イギリスで「産業革命」が始まり、蒸気機関が発明され、町が真っ黒になるほど石炭を焚きだしてからじわじわ炭酸ガスが増え、地球温暖化が始まったそうです。
 日本では明治に入ってから一気に近代化・工業化が進みました。

 こうした地球温暖化に悪い化石燃料の消費を抑え、排出量を削減しようと世界が動いたのは京都で国際会議が行われて「京都議定書」と言うのが採択されたときからですね。
 リオデジャネイロでもその続きがあったのですが、工業化が進んで排出量が多い代わりに繁栄している国と、発展途上国の利害関係が相反しているし、各国の思惑も違うし、人類の危機だと言われても一向に進みません。
 かと思ったら、アメリカはトランプさんは「関係ないから抜ける!」と抜けちゃいますしね。
 世界中の次世代の人たちが立ち上がっても、政治家やお金持ちは無視ですね。

 その、無関心に見えるアメリカもかなり前には熱心に研究開発していました。
 しっかりした地盤・岩盤のある北米大陸だから実用化出来る方法ですが、炭酸ガスを地下に圧入して閉じ込めようという方法です。
 方法としては炭鉱の跡を使うとか、地下水に溶け込ませるとか、深海にある「メタンハイドレード」にして閉じ込めるとか色々あるようですが、実用プラントが完成したというニュースが出たのは随分昔なんですが、その後は進んでいないようですね。
 これも理論的には良い方法ですが、膨大なエネルギーと資金がいるので実業界には興味のない事業でしょう。
 人類のことをきちんと考えるなら、実業界とか財界とかの富を巻き上げてでも取り組むべきなんですけどね。
 こうしたことが技術的には出来そうだというニュースを流すことには抵抗勢力もあるでしょう。

 この方法では二酸化炭素はそのまま保存されるので、漏れ出したりすれば元の木阿弥です。
 二酸化炭素を分解して「炭素」と酸素に分けて「炭素」だけを保管するほうが場所も取らず永久に変化・変質しません。
 石炭を作るってことですが、結構エネルギーが要るようだし、炭素って結構危険なところもありますね。
 「炭塵の術」なんてのを忍者も使ったし、炭鉱事故の多くもそうですからね。
 こうした部門で日本が前を走っているってニュースが出ませんね。
 どうも、「環境先進国」って、自画自賛みたいに感じます。
 
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# by je2luz | 2019-09-23 04:27 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 22日

物を燃やす CO2 CO NOx

 人類最大の課題は環境破壊・温暖化かも知れません。
 南太平洋では島々が沈み国が消えそうです。
 バングラディッシュでは国土が削られ、マイアミの湖水地帯も沈み、ベネチアもどんどん沈んでいます。
 これの元凶が産業革命以来「化石燃料」をガンガン燃やして来たからだと言われます。
 石炭から石油へ…
 石油は私が子供の頃でも「あと50年」とか「30年」とか言われましたが、いまだに取れていますね。
 アメリカなどでは「シェールガス」「シェールオイル」が採掘の実用化が出来、埋蔵量が増えたし、その先には日本の沖にも沈んでいる「メタン・ハイドレード」を引き上げればどれだけでも…

 かつての地球は炭酸ガスに溢れ、暖かで植物や海藻が茂り、それを食べる動物も溢れていたらしく、それらに由来する化石燃料がこんなにあります。
 もともと地球にあったものだから、燃やして、COやCO2に戻し、ついでに窒素からもNOxを作っても、「地球にとって」さほど問題ではないでしょう。
 「地球が暖かかった頃」と言う昔話の時代を過ぎてから現れて、氷河時代にアメリカ大陸まで進出した人類には具合が悪いでしょうけどね。

 最近話題の「バイオマス発電」というやつは、今生えている草木を燃やして発電するものです。
 それらは、収穫しても再生して炭酸ガスを固定してくれるから温暖化しないという理屈です。
 そして、老齢化した森林より生育期の樹木のほうが炭酸同化作用が大きいから、老齢林は切り倒して更新したほうが良いんだそうです。
 まあ、今の日本の気候だと森林の再生は難しくないですが、シベリアとか熱帯雨林だと再生力が弱くて、樹木が消える害のほうが大きいはずです。
 日本でも最近目にするような「バイオマス燃料確保」のやり方だと大変なことが起きそうです。
 RDFじゃないですが、理念と実態が合わなくなるのではないでしょうか?
 尾鷲の似た火力発電所のあとに作るとか…

 いまテレビに出てくる「山武杉」のような山林を雑木林に更新するなどは良いですけどね。
 それでも、「後は野となれ山となれ」???
 「野にも山にもならない」では困りますよね。
 バイオマスの群がる企業団体を見ているととてもじゃないが「環境」なんて考えていないように見えます。
 
 炭酸ガスを減らすいい方法もあるので、それも次に取り上げます。
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# by je2luz | 2019-09-22 04:07 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 21日

理想と現実 RDF 

 三重県のRDF発電は北川知事が「夢のエネルギー」という事で建設に踏み切ったものです。
 大都市ならゴミを直に燃やしてその熱で発電できますから,あちこちで稼働しています。
 これも色んな問題がありますが、ゴミの量が確保できれば動かせます。
 三重県は四日市のような大都市もありますが、広い県土に中小の自治体が散らばっています。
 中心部の松阪まででも紀宝町から130Kmほどあるでしょうね。
 生ゴミ・可燃ごみと集めるには遠すぎますね。
 2t車のパッカー車などで走ったのでは時間・コストがものすごく掛かります。
 それでは、「ごみ発電」など出来ません。
 運ぶゴミも水分と空気が多いし、発熱量も安定しません。

 と、言うことで、「ゴミを乾燥させ、圧縮して大きめの顆粒状にした「ゴミペレット」を作ればカザも減るし軽くなるし匂いも軽減され運搬コストも下がる」ということになったのです。
 まあ、このペレットを作る工場も金がかかりますけど、ゴミを燃やした熱で発電すれば、無駄に地球を温めるより「エコ」ですよね。
 この辺では前の記事にあるように、南牟婁郡の御浜・紀宝・鵜殿・紀和が共同で「ペレット工場」を作り、桑名市に出来た「ごみ固形燃料発電所」に運んでいました。
 三重県の一番南が三重県の一番北まで運ぶということになったので片道200KM程ですね。
 開所した2002年頃に比べれば紀勢自動車道の延伸で距離時間は短縮されましたけど、やっぱり遠いです。
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 この発電所は稼働してすぐ2003年8月にペレットの貯蔵タンクで火災を起こし消火方法の失敗で爆発事故をお越し2名の犠牲者を出しました。

 理念は良かったのですが、それ以降もコストの上昇などからペレットも持ち込み料を値上げしたりで、参加した自治体を圧迫してきましたし、とうとう。先日閉鎖されました。
 三重県は20年足らずで30億ほどの赤字を抱えたし、プラントの解体費で十数億かかると見込まれています。
 参加した自治体も困ったのですが、参加しなかった町の住民もこの尻拭いをすることになります。
 この、RDF事業って、何処かで計算ミスがあるのでしょうね。

 私はこの「RDF発電」には興味があったのですが。プラントメーカーとかの動きにものすごい利権を感じたり、技術面以外に疑問を感じました。
 熊野が作った焼却炉などでもおかしなカルテル的な動きもありましたけどね。
 で・・・
 タイミング的にこのRDFに乗っからなくて正解でした。
 その炉に寿命が来て次の炉のことで立ち往生気味みたいです。



# by je2luz | 2019-09-21 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 20日

RDF やらなくて良かった?

 可燃ごみの処理方法には色々あります。
 日本でもかつては多くやられていたのが「埋め立て」です。
 東京など江戸時代からやられいて、最後は「夢の島」でしたね。
 瓦礫の埋め立てでも地盤が悪いのに可燃ごみでは…
 悪臭は出るし、ハエが湧くし…
 東京湾周辺では住居なんか出来ない状態でした。
 そして、次に広がったのが「焼却炉」です。
 今度は「匂い」が問題になっただけではなく「ダイオキシン」なんて史上最強の毒が巻き散らかされると問題になりました。
 そして。イオン吸着・バグフィルター・高温償却・シャワー洗浄などの公害対策が開発され、ゴミの発熱を利用しようと「ごみ発電」も出てきました。
 ゴミを直に燃やす発電が実用化されてきましたが。コントロールと公害対策の観点から、24時間温度を落とさない「連続炉」でないと具合が悪かったです。

 熊野市が焼却炉を作る頃には「環境問題」が社会の興味を引いていました。
 その当時に厚生省は「連続路を作れ」と言い出したのですが、こんな田舎だと熊野市単独どころか南郡を合わせても24時間燃やすだけのゴミがありません。
 そして、その頃に開発された方法に「廃棄物固形燃料化・RDF・Refuse Devided Fuel」というのがあります。
 生ゴミを含む可燃ごみを乾燥圧縮して、ペレットを作り、それを燃料として発電する「ゴミ発電所」を作ろうというものです。
 「夢の技術」とも呼ばれました。

 ゴミが圧縮され運搬も楽になる、できるペレットは均質化されるので発電ボイラー効率が良くなる、どうせ燃やすなら電気を作ろう・・・
 良いアイディアですね。
 ちょうど新しい炉を考える時なので、新しいものに飛びつきたかったのですが、熊野のゴミの量では「ペレット工場」をフル稼働するほど無いし、「ゴミ発電所」を県南に作れる見込みもないし…
 遠くまでペレットを運ぶのでは意味もないし…
 という事で、今ある「普通の焼却炉」に落ち着いたのです。

 その後、御浜町の焼却炉もだめになるし、三重県が「RDF発電所」を作るということで、南牟婁郡、御浜・紀宝・紀和・鵜殿が共同で阿田和に「RDF工場」を作りました。
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 これが阿田和の少し奥、尾呂志川沿いにある「RDF」工場です。
 元は熊野市に関係のないものでしたが、紀和町と合併したのでこの工場の負担金が熊野市にもかかってきました。
 紀和のゴミの量なら有馬の炉で十分焼けますが、「もうやんペ!一抜けた!」とは行きません。
            続く



# by je2luz | 2019-09-20 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 19日

公正取引委員会

 消費者保護という概念ができて作られたのが「公正取引委員会」などでしょう。
 今では「消費者庁」なんてのもあるし、「JARO」なんて団体もあるようですね。・
 大規模になると「独禁法」がお出ましになったり…
 テレビなど見ていると、「おかしくない?」と言うのがニュースではなく通販番組にも出てきます。
 「個人的な感想です」と言うテロップは少し減ったようにも思いますが、そのテロップも出ないで「効くぞ!」と言う画面がさも本当の番組めかして流れますね。
 錯覚させるのって「詐欺」の一種ですよね。
 もう一つ…
 大きな値引きを毎晩謳っている通販もありますね。
 「半額セール」とかは「正価販売が行われていること」が行われていなかったら違法です。
 それの延長のような、「放送終了後30分間は割引です」も、その条件以外の時に割引をやっていたら「不当表示」ですよね。
 放送終了後40分くらいに電話して確かめるまでの木はありませんけどね。
 にしても・・・
 全部の業者が「放送終了後30分」に統一されているのでしょう?
 「公取」辺りが指針を出したのでしょうか?
 
 「初回ご注文のお方には…」も「2回目以降は継続割引」になったりしているようです。
 今は普通の商品には「定価」「再販価格」なんてのもなく、「希望小売価格」なんてのですから、好き勝手出来良いのでしょうね。
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 それにしても、深夜の通販番組って首をかしげる者や眉唾ものが多いですね。
 番組だか広告やらなるべく分かりにくきしてますね。
 新聞だと肩の部分に「全面広告」って「広告」って出ていますけどね。
 テレビのほうが「スポンサー」が怖いそうです。



# by je2luz | 2019-09-19 04:25 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 18日

戦時徴用船 こんな記録も残されています。

 ネットの検索で下のような記録を見つけました。
 戦時中には小さな貨物船から漁船まで接収されました。 
 物資の輸送から沖に出て敵艦隊、敵航空機の発見に使われたようです。
 足の遅い木造船がほとんどですから、敵に見つかればひとたまりもなかったようです。
 機銃で撃たれるだけで船が割れますからね。

 ここ木本にも漁船や貨物船がありました。
 戦前には祖父が材木屋を営んでおり、製品を大阪に出荷しておりました。
 荷物は木本の浜から艀に積んで母船に積んだようです。
 船は小さいようでも積載量は大きいですから、荷物積みの女の人達は大変だったようです。
 頭の上に丸く作った座布団状の物を載せ、頭に乗せて運ぶ「いただき」と言うやり方でした。
 戦後になっても、親地町の魚売りの「おばやん」たちはその方法で魚を桶に入れて売り歩いていました。
 お袋なども重いものを運ぶ時は、頭に乗せる「いただき」で運びましたね。

 下は、軍に接収された船の記録です。

三重県戦時船舶と徴用船・戦没船名簿(20299総トン) 船   名

134 三重 木本 1 寿々 33515 竹林亀吉 山下吉太郎 39 03

135 三重 木本 2 宝政 46986 中田栄太郎 辻野大助 54 16

136 三重 木本 3 滿栄 41084 舛本イチ 33 10

  135番 三重木本 宝政丸 船主 中田栄太郎はどうやら祖父が運行していた船らしいです。

 万熊(よろくま)の「まんせいまる」というのもあったとは聞いているのですが、木本で中田栄太郎と言えば祖父だと思います。

 たまたま、木本の老舗の斎藤さんが見つけてFaceBookのアップした「木本の風景」で浜からの「いただき」による風景が写っていて、沖の貨物船があります。

 ここから荷積みをしている写真が我が家に残されていますし、この風景も祖父と親父が指揮していたのではないかと思います。

木本風景


 我が家からはトラックも接収されていったそうです。

 フォードのトラックでその頃にトラックで材木を運んだところは珍しかったそうです。

 陸路の主力は「牛車」で川沿いは「筏」、製品は海路で運んだようです。

 まだ、この辺からは重い材木は船のほうが良かったようです。

 私が中学くらいには北山川、十津川からは筏が下っていて、鵜殿には貯木場の池がありました。

 東京だって昭和30年代でも「木場」に水上の貯木場が現役でしたからね。

 戦後、二十年ほどで物流が変わってしまいましたね。

 そして、物も人間も全部持ってゆかれました。

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 これは戦前の大泊海岸、手前がカクナカ松崎工場です。

 この時代の製材はボイラーを焚いて動力として居ました。

 飛鳥方面へはまだ佐田坂は無く。宮川沿いに細い道はありました。

 大泊も堤防が無く、高波におびえていたそうです。

 木本事件の隧道が出来た頃でしょうね。




# by je2luz | 2019-09-18 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 17日

あと少し西を走ったら…

 今回の2019・15号台風は千葉県を中心に大きな被害を与えました。
 確かに風速も大きかったし、台風を前提にした家造りや街造りをして居ないところを襲ったので被害が拡大したでしょう。
 樹木だって初めて経験する風だったでしょうね。
 平地ですくすく伸びた木ですから、折れ良いし倒れ良くて当たり前でしょう。
 ああした感じの田舎道は東京近郊にも一杯あります。
 武蔵野の農家には防風林があったのですが今残されているには伸び放題伸びた樹木が多いです。
 当然根こそぎ倒れるでしょう。
 街路樹だって切り詰めないで伸ばしたのが多く見かけられます。
 何十年もまともな台風が襲っていないので、放置されたままみたいです。
 とぇもじゃないが、電線地中化ができる町ではないですね。
 都心部だって危ないものでしょう。
 雨も昔より排水設備も整って夕立で浸かっちゃう江東三区もましみたいですが、昔は大丈夫だった山の手の方で浸水が起きますね。
 降雨量が大きく増えていますから…

 この前の台風は東京湾を走り千葉に上がったので、首都圏の主な部分は左側に入りましたが、ほんの少し進路がずれて三浦半島から玉川上水沿いにでも走っていたら、東京が荒野になったでしょうね。

 早急になんとかしないとリーマンショックどころでは無いでしょう。
 それでも、霞が関は高台だし丈夫な建物だから、「高みの見物」なのでしょうか?

 こっちに来られるのも困りますし、「あっちへ行け」なんて言えば叱られそうです。
 むかし、私の祖父は」台風が来ると、雨戸を抑えて「ソラフケ! そらふけ!」と叫んでいました。
 子供心に「けしかけている?」と、思ったのですが、意味は「空 吹け!」だったようです。
 それなら当たり障りないですね。
 
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 これは次の日本の番号だと「16号」です。
 これも関東を伺っています。
 大きくはならないとは思いますが、被災地では大変なことになります。
 ちゃんと吹いた屋根でも「雨仕舞が悪い「と、漏れるんですからね。
 せめて、房総半島の手前から鹿島灘へ抜けてくれるとよいのですがね。
 時間はZ時ですから、来るのは18日夜頃かな?



# by je2luz | 2019-09-17 04:25 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 16日

金さん、銀さん

 「金は百しゃい」「銀も百しゃい」
 もう随分前になりますね。
 百歳を超す人が少なかった頃です。
 寿命がどんどん伸びてて、今では百歳超えが約7万人だそうです。
 三重県でも1027人も居ます。
 熊野市は県下で12番目に多く22人も居ます。
 人口が17000人ですから770人に一人が百歳を超えているんです。
 熊野市の最高齢の方は明治43年、108歳だそうです。
 とてもじゃないが私はそんなに生きられません。
 だって、まだ、30年以上生きなくてはならないってことです。
 そんなに長く、「元気でボケない」なんてしんどいでしょう。

  今日、9月16日は「敬老の日」です。
 9月16日が「敬老の日」ではなく、9月の第3月曜日が「敬老の日」なんです。
 例によって「連休作り法」で2003年からこうなりました。
 趣旨は…「多年にわたりしゃかいに尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ということらしいです。
 「敬愛」って隣の仙台の将軍様に使う言葉かと思ったら、私達にも使ってくれるみたいです。
 ちなみに、この「敬老の日」って兵庫県多可郡野間谷村と言う田舎の村から始まったんだそうです。
 1947年(昭和22年)の村長さんが年寄りの知恵で村おこしをしようというので始めたのが広がって、とうとう、日本中が休みになって行ったんだそうです。
 他の祭日・休日とは少し違いますね。
 こんな始まりだなんて全く知りませんでした。
 一つ賢くなりました。
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# by je2luz | 2019-09-16 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 15日

遺骨収集 引き上げ援護

 私が子供の頃には海外からの引揚者がまだ続いていました。
 舞鶴港に引揚船が入っていた時代です。
 「帰り船」「岸壁の母」などという寂しい歌も流行りました。
 満州からの引き上げ、戦地からの帰還、シベリア抑留からの帰国…
 生きて延びた人は命からがら帰ってきました。
 でも、私の父親や叔父などは帰ることはありませんでした。
 中支、ビルマ、沖縄・・・
 三人共に遺骨は帰りませんでした。
 形だけ遺骨の箱は届いたようですが中身は石ころだったとか…
 ビルマと中支では戦病死ということで場所はわかっても送り返せる戦況ではなかったようです。
 このように、アジア各地、南方の島々、沖縄等に無数の遺骨が残されたのです。
 そして、海底にも無数の遺骨が沈んだままです。
 
 戦後すぐから外地からの引揚者のために「引き上げ援護局」などという役所が出来て、整理はしていたようです。
 昭和38年に東京都の使われていない建物を撮影に使いたくて管理者を探していたときにも「引き上げ援護局」が生きていて100人を越す職員がいました。
 厚生省にも同様な部署があり、少し落ち着くと「遺骨帰還事業」にも手を付けていました。
 マスコミも取材していましたが、沖縄の海での引き上げ現場で、潜水夫が回収して船に揚げた遺骨を、うまく絵にできなかったからと海に投げ込んで撮影し直したのがバレて問題になったこともあります。
 厚生省では駄目だということで、日本遺族会とか遺骨収集推進協会などという団体、個人まで戦跡を駆け回って遺骨収集をやってくれました。
 昔はDNA鑑定などという身元判別の手段がないので供養した遺骨はまとめ持ち帰ることになりました。
 厚生省が絡むと、「遺骨は焼け」と言う指示が出て灰にして持ち帰ったようです。
 きれいに洗って持って帰りたい民間団体と全く違うようです。
 民間団体と違い、役人には遺骨は「単なる骨」にしか見えないようです。
 配属されたから仕事でやっているだけですからね。
 いま問題になっている「シベリアの遺骨問題」も起きて当たり前のことなんです。
 好まない部署に配属され、なるべく早く転属したいとしか思わない職員酸が多いのでしょう。
 彼らは遺族でも遺児でもありませんからね。
 事情を汲み、人員採用するなどという事はありえませんからね。
 官僚は生きている国民でさえ面倒な存在だと思うところがあるくらいですから、他人の骨などはね。
 余程の人材が偶然配属されない限り事態は変わらないでしょう。
 
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 戦争の犠牲者をまともに扱えないからこそ、憲法改正も気軽に発議できるのでしょうね。
 「靖国」に參れば英霊に報いたと思う政治家が多いです。
 ミニスカートで観閲式に出た人も居ますしね。
 それでも日本は、今のところ、世界で一番平和な国みたいです。
 転がり落ちないように気をつけなしと…
 


# by je2luz | 2019-09-15 04:21 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 14日

統計だけど…

 新聞の三重版によりますと、「夏休みの観光客3年連続の減少」 「天候不順催し中支影響」 なんて記事が出ています。
 統計の数字ですが、三重県では伊勢志摩以外は全域で減っています。
 熊野市では「道の駅・熊野花の窟」▼55.4% 「鬼ヶ城センター」▼22.7% と、二箇所が出ています。
 尾鷲は「県立く今の鼓動センター」▼21.4% です。
 熊野市のは「熊野大花火大会の延期」が原因とされているようです。
 花火大会の来場者は昨年17万人だったのが8万人まで減ったとされています。
 この数字は置いておくにしても、普段の休日・連休の時の国道42号線の通行量は明らかに減っています。
 我が家の前は「熊野尾鷲道路」を通ろうと、国道42号線佐田坂を通ろうと一本に絞り込まれでほぼすべての車がこの前を通ります。
 カウンターを据えている訳ではありませんが、夕方の車が増える時間以外では明らかに車が減って、家から国道に出るのも随分楽になってきました。
 道路も信号も変わっていません。
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 トラックが減ったのは当然ですが、軽四輪が目立ち普通車が減ったようです。
 何台も連なってくる観光バスなんて殆どありません。
 特急バスも気の毒なほどしか載っていないし…
 ここは通りませんが、もう一つのルートの鉄道も乗車率が10%も無いのではないでしょうか?
 見込みがないからか、熊野市が坪30万も出して買った駅前の土地が一向に使われません。
 何を建てたって観光客が増えるとは思えませんけどね。
 
 「観光は金にならない」と言う悲しい現状です。
 阿田和に宿泊施設が出来ると言いますが、ここの「世界遺産」も看板の色があせていますし、金になる宿泊客が見込めるのでしょうか?
 花火だとか火まつりだとか言うようなイベントで人が来ても宿泊施設は維持できません。
 


# by je2luz | 2019-09-14 04:25 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 13日

水力・火力・原子力・燃料電池・再生可能エネルギー

 人間の発明の中では「電気」は大きなものでしょうね。
 初期は、明かりと動力でしたが今では電子の世界で私達の社会を動かしています。
 電気なしでは社会が止まってしまう時代ですね。
 今度の15号台風でも、千葉を通信に広域/大規模な停電が起きて社会生活が麻痺しています。
 この辺でも19号とか12号の時に長期の停電が起きて山間部を中心に生活が麻痺しました。
 田舎だし工業などもないので中部電力の移動電源車の応援で市民生活は助けrたれましたが、完全復旧には時間がかかっていました。
 今回は全く規模が違うので手がつけられないところもあるでしょう。
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 「電気」を使うには「発電」しなくてはなりません。
 大量に電気を作る手段として、日本では急流の渓谷が多いので「水力発電」が重用されましたね。
 戦後の復興期には工業化のために大量の電力が必要となり、「佐久間ダム」「黒部ダム」なんて有名なものから、「熊野川総合開発」なんてアメリカの「テネシー川開発」を真似たものが計画され、熊野川水系を細切れにしてダムを作りました。
 山間部の集落を潰し、下流の川を荒らし」、河口部の海岸線を痩せさせるという取り返しのつかない公害を児子しています。

 都会のそばで発電できるということで「火力発電」もどんどん作られ、燃料も石炭から石油に、そして天然ガスに…
 東京の築地が移転した豊洲で問題になった有害物質はあそこが「石炭火力発電所」だったからです。
 火力も排気ガスによる喘息などの公害と敷地の汚染などを引き起こしています。
 今回閉鎖された「尾鷲・見た火力発電所」などは公害の少ない新しいものでしたが、なぜ、送電コストの掛かる尾鷲に作ったのか???わかりますよね。

 そして、次に来たのが「人類が太陽を手に入れた」などと言われた「原子力発電」です。
 太陽は遥か彼方にあるし、地球には電離層がありバリアーが張られていますが、地上で核反応を起こさせるのは非常に危険です。
 今の陣地では制御できない所も多いし、放射能を消すことは出来ません。

 最後に出てきたのが太陽光・風力・波力・バイオマスなどの「再生可能エネルギー」ですね。
 効率は随分上がりましたが、出力の安定性などでは不便さも抱えています。
 運転時間帯の分担、蓄電池の改良などを進めて、化石燃料の使用を止めないとこの地球で人類が暮らせなくなるかも知れません。
 でも、効率とか既得権とか利権とかが働いて、中々、転換が進みませんね.



# by je2luz | 2019-09-13 04:25 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 12日

隣町 尾鷲市 2

 熊野市には七色ダムという水力発電所はありますが、大きな工場はありません。
 尾鷲市は「三田火力発電所」があり、稼働させるための従業員、保守管理の従業員、関連企業の従業員などで大勢の人間が働いていたので、市内あちこちに社宅があり、それに伴って商業施設実多くありました。
 発電施設の「償却資産税」も入るので尾鷲は財政に余裕もあった時代があります。
 発電機は年数が経つと償却が終わってくると税が減ります。
 広がった財政を賄うために発電機の増設も許可して増やしたのですが、技術の進歩で発電などがリモートコントロールでき人間が少なくて住むようになり、大幅な人員整理もありました。
 税のために発電機の増設を認めるのは原子力発電所でも同じです。
 公害や危険性に目をつぶってでも財政規模の維持に走るのが一般の自治体なのです。

 企業の常套手段で尾鷲での現地採用の人員なども遠隔地への転勤命令を出し、かなりの人が退職したようです。
 他所から来ていた人は転勤してゆくし、尾鷲の人口が一気に減ったこともありました。
 まあ、熊野市でも池原ダム。七色だもなどの発電所がリモートコントロール化された時期に電源開発の社宅が空き家になった歴史があります。
 企業城下町って産業構造の変化が起きると振り回されます。
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 これが尾鷲繁栄のシンボルだった「三田火力発電所・集合煙突」です。
 もう、発電が停止され解体を待っているのです。
 中部電力の従業員は残務整理湯押印以外は居なくなりました。
 燃料を管理すsる企業も不要になりました。
 この広大な用地と施設が不要になると、不動産などの価格など計算も出来ないでしょう。

 この愛多用地に「バイオマス発電所」を作る計画があります。
 南牟婁郡・熊野市・尾鷲市・北牟婁郡全部のゴミを集めtレ処理をする「広域ゴミ処理場」をここにつくるという計画も出てきました。
 バイオマスは継続性に疑問があります。
 ごみ焼却施設に関しては、町の真ん中に他所のゴミまで持ってきて焼くということに尾鷲市民の抵抗感があります。
 されに、中電が不要だから使ってくださいと申し出た施設もうまく使えそうにないと言う話も出てきました。
 目的の違い施設に転用するのは新規に作るより高くつくこともありますからね。

 「広域ごみ処理センター」はこの場所でなくても尾鷲市が手を上げていますから、尾鷲市内の何処かで作れないと困るのです。
 熊野市の焼却炉も動いては居ますが、西地市長時代に作ったもので寿命が来て、補修しながら使っています。
 南牟婁郡はゴミペレット燃料化、RDFでやってきましたが、大事故を起こしたことのある三重県のゴミ発電所が停止することになり行き場がなくなって居ます。
 尾鷲。紀北のごみ処理も自妙が来ているのでなんとかしないと動きが取れないのです。
 うまい具合に全部の炉が建て替え時期なので話はまとまり良かったのですが、実際の建設は一筋縄では行かないかも知れません。

 昭和の合併以来尾鷲市は熊野市より少し人口が多かったのですが、火力発電所の廃止などを踏まえて予想される人口は熊野より減るのではないかと言われます。
 城下町って落城すると寂れるのも早いのかも知れません。



# by je2luz | 2019-09-12 04:25 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 11日

隣町 尾鷲

 熊野の隣で江戸時代は同じ紀州藩だった町に「尾鷲市」があります。
 隣なのですが、その間には大きな山塊があり、海伝いに行くには熊野灘の荒波と荒磯があります。
 昭和になり、矢ノ川峠が開かれ、その次に紀勢本線が西線と東線が結ばれました。
 昭和45年頃には今のルートの国道42号線が完成し、さらに、平成には「熊野尾鷲道路」もできて、随分近い街になりました。
 紀勢線が全通するまでは、旧国道42号線の矢ノ川峠越えで42Kmを2時間40分で国鉄紀南線のバスに揺られてゆきました。
 今は、「熊野尾鷲道路」で30分程で走れます。
 まあ、ようやく「隣町」になった感じです。

 熊野市も尾鷲市も昭和の大合併の時に、熊野市は南牟婁郡の中心として、尾鷲市は北牟婁郡の中心として「新市」として誕生しました。
 地形的なものもあり、熊野と尾鷲は言葉や習慣でも違いがあり、平成の大合併のときにも「一緒になろう」と言う話は出ませんでした。
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 尾鷲は合併の時から熊野市より少し人口が多かったし、その後には「中部電力三田火力発電所」を誘致し、それに伴い燃料タンクが並んだり賑やかに見えました。
 火力発電所の排気ガスで公害も出かけましたが、対策ができていたようです。
 入口の狭い尾鷲湾と背後の山がお椀状になっているので条件は良くなかったのでしょう。

 電力があって港があっても平地がないからでしょうね。
 工業が始まることもなかったです。
 このタンクも今では無用の長物です。
 こんなタンクに保管するほど燃料を焚く工場は出来ないでしょうからね。
 
 次にはこのタンクの主、火力発電所について少し書きます。
 尾鷲は漁業と火力の二本立てで生きてきた街だったのです。






# by je2luz | 2019-09-11 04:25 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 10日

求職サイト

 空前の売り手市場
 就職内定率最高
 正規社員大幅増
 ???
 片方では、朝から晩まで「求職サイト」「転職サイト」のCMが流れています。
 そして、ドキュメンタリー番組では…
 「50・80問題」
 「就職氷河期世代問題」 が繰り返し放送されます。
 なんかおかしいですね。
 
 確かに高齢化と若年層の減少で一部では「求人難」が常態化して入るようです。
 なし崩しに外国人労働者を受け入れに走ったようですが、今の制度と受け入れ側の意識ではきちんとは機能しないかと思われます。
 安くて使い捨てみたいな労働力を受け入れると、又々、不定期雇用、派遣社員が日本人でも増えるのではないでしょうか?
 それでなく居ても将来に希望が持てないと結婚も諦める若い人が増えているのに、更に拍車をかける用に思えますね。

 日本の社会って今も構造変換期ですね。
 まあ、近代になってからは社会の構造、経済の構造はどんどん変わってきていますけどね。
 そして、人口・年齢構成も変わってゆきます。
 今の日本は世界が経験したことのないピッチで高齢化、人口減の社会に向かっているようです。
 という事は、製造業・商業なども当然変化するはずですよね。
 なのに、なんだか、未だに成長続け、人材需要も増えるような話gは多いですね。
 会社とかは「縮小均衡j」と言うのは資本主義に合わないらしいですけどね。
 政治の世界でもこの「縮小均衡」は無視されます。
 そのくせ「移民は受け入れない」という人が多いし… 
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# by je2luz | 2019-09-10 04:25 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 09日

街の中心

 「町」というものは「生きている」とか言われることがあります。
 人が住み「村」が出来、物々交換が嘉永経済になり「いち」なんてのが立つようになると「町」が出来ていったようです。
 これは農業とは違い場所にあまり縛られません。
 ものの流れや人の流れが変われば商人などは移ってゆきます。
 昔はその動きはそんなに早くなかったでしょうけど、近年になり人の動くが激しくなり、商業などの資本の動きも早くなったからか、大きな商業施設が出来る反面、大きな施設が廃業廃棄されてゆきます。
 人口爆発のような増加とか、高度成長で可処分所得が大きく膨らむとかなら、町も膨張し続けられるでしょう。
 でも、日本では人口増が停滞し、すでに大幅減少が始まっています。
 個人の可処分所得も確実に減少し始めています。
 それなのに経済界は相変わらず成長戦力ですね。
 まあ、資本主義ですから「人のことなど知ったことではない」なのでしょうけどね。
 そして、それに乗っかってきた政治の世界・役所機構もそっちの見方をしてきました。
 商業で言えば「大店法」などの巨大店舗を規制する法律が消え、巨大な「ショッピングモール」なんてのが都心部ではなく郊外。近郊にどんどん出来ます。
 「コストコ」なんて大量販売の店が展開するし…
 「アウトレット」なんて気の利いたファッションの市場ができるし…
 「アマゾン」「楽天市場」「ニッセン」「ヒラキ」などだけでも大変だったのに、素人が商売人になる「メルカリ」「ラクマ」なんてのがテレビでバンバン宣伝したり…
 「古物商登録」なんて過去のことですね。
 流通革命ではなく流通機構破壊に見えます。
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 四日市近鉄百貨店が閉店するんだとか…
 ここは何回か出店を出したことがあります。
 四日市の中心というほどの店ではないとも言えますが、時代を感じますね。
 新宮でもかつては大都会並みに賑やかだった仲の町商店街、丹鶴町商店街、オークワ本店がすっかり光を失っています。
 熊野でも本町商店街が寂れ、昭和時代は賑わった記念通りも商店街ではなくなっています。
 紀勢自動車道、尾鷲北ICー尾鷲南ICがつながったら尾鷲も灯が消えるでしょう。
 都市部でも町の中心の灯が消えて盛り場も移ってゆきますが、田舎では移っているうちは良いですが、街中が真っ暗になります。
 


# by je2luz | 2019-09-09 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 08日

月例 広報くまの 9月号より

 今月号の記事は「伊勢湾台風60年特集」がトップです。
 昭和34年(1959)9月21日に発生し、巨大台風に発達し9月26日に上陸、伊勢湾沿いに北上したのが「15号台風・伊勢湾台風」です。
 熊野市でも被害が出ましたが、幸いにも人的被害は死者1名で済みました。
 私は高校2年生で木本でこのお台風を経験しました。
 今住んでいる隣に本家があり、その離れで高波が堤防を越すのを目撃しました。
 建物が石垣に守られていたので無事にすみましたが、波の恐ろしさを実感しました。
 堤防は今より低かったのですが、堤防に波があたって家も揺れていたのですが、家のすぐ裏で堤防の上に水が盛り上がって、続けて崩れるように越えてきました。
 厚みにして1m余りだったと思いますが、一発目で家の裏に建っていた平屋の借家がグラっと揺れ、2発目で崩れて流れ始めました。
 トタン葺きの借家とは言え、たった2発で家が崩れるのですからね。
 それがピークだったようで我が家の石垣は無事でした。

 その当時は国道42号線は記念通りで、今の国道部分は平天工場、かご屋の仕事場、借家、芋畑、物置などが並んでいて、本町の裏通りだったのです。
 ちょうどそのスペースが2車線の国道を通すのに合っていたので、木本町内の国道はすんなり出来たのです。

 伊勢湾台風は猛烈な風を伴っていて、台風が近づく時は東の風で鬼ヶ城方向から吹き付けました。
 木本の本町通りは海に面しているので瓦屋根はほとんど全戸剥がされました。
 被害は関船町から馬留にかけてで、三丁目から北側は鬼ヶ城の山が風よけになって屋根の被害は殆どなかったのです。
 その代わり、西郷川が暴れて新田や親地町に大きな被害が出ています。
 木本だけで全壊9・半壊21・床上浸水121も出ています。
 最大の被害は甫母町で集落全体がほとんど流失しています。
 それでも死者ゼロで済ませた地域の指導者が居たようです。

 伊勢湾台風はこの辺より県北部や名古屋方面でとんでもない被害を出したのでこの辺のことはあまり取り上げられません。
 しかし、その後の海岸線の護岸の基準は「伊勢湾台風級の高波に耐えるもの」ということになりました。
 でも、木本堤防を越えた事実とか波高などは記録されていませんから、松坂港で記録されたものが引用されたりしています。
 その後の高波の経験から、「やっぱり松坂港より木本の方は波は大きい」ということがわかりました。
 その結果が「潜堤」として実現したのです。
 
 人の動き  令和元年8月1日現在
   人口   16,780  (-31)
    男   7,720   (-8)
    女   9,060   (-23)
   世帯数  8,881 世帯
  お誕生に名前を出しているのは5人だけです。
 それに引き換え「おくやみ」には17人出ています。
 出さない人、呼び寄せ介護で田舎から出てゆく人…
 年間300減だと5年で-1500…
 令和7年には15000人を割りそうですね。
 「南牟婁市」にしないと効率が悪いですね。
 北牟婁と一緒に「紀伊牟婁市」のほうが良いのかも…
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# by je2luz | 2019-09-08 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 07日

最前線なんだけど・・・

 台風15号が結構話題になっています。
 初速が35Km/hほどで早めなので接近が早いようです。
 まだ、勢力は小さいですが、この沖合の海水温が30℃ほどあるので急速に発達しそうです。
 それでも、足が速いので風速とはが大きくなっても台風の図体が大きくなる時間がないようです。
 位置関係からするとこの辺が最前線なのですが、16時頃の空は東西南北綺麗です。
 入道雲とかはありますが豪雨が襲うようなものでもなし・・・
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 波も静かですし、明後日には台風が来るなんて感じはないです。
 でも、こんな天気でも今夜辺りにはあちこちで豪雨が降るのでしょうね。
 台風がくるというのでお昼に洗濯を済ませました。
 この天気ですから半日で乾きますからね。

 この15号の後ろに16号候補がおります。
 フィリピン沖の海を台風がかき回して少し温度が下がった居たのですが収まればすぐに上昇して熱低を作り台風に育て上げます。
 太平洋真ん中も天気が良いのでその辺でも出来そうだし、やっぱり今年は当たり年みたいです。
 



# by je2luz | 2019-09-07 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 06日

外国人旅行者

 この辺はテレビで言うような「インバウンド」のお客さんは多くないです。
 鬼ヶ城などでは団体バスで台湾とか韓国の人が来られて入るようですが、「賑わう」というほどではなさそうです。

 飛行場からは遠いし、観光船が入る港からも遠いです。
 三重県ってそちら方面に熱心なのか不熱心なのか分かりません。
 港は日本有数の貿易港の四日市から津・松阪などがありますが、大型客船の受け入れには向かないようです。
 飛行場は戦前から「明野飛行場」はありましたが、航空学校用の赤とんぼが訓練した短い滑走路のもので、戦後は自衛隊基地になっています。
 これは拡張されること無く民間空港にはなりませんでした。

 以前、「コミューター飛行場」なんてのが騒がれた頃、南牟婁郡に誘致しようという動きもありました。
 何しろ平地のない地方ですから、滑走路を作る場所がありませんし、海岸線と平行に作ると常に横風を受ける飛行場には適さないものになります。
 阿田和から気泡にかけての高台が候補地でした。
 那智勝浦・新宮・南郡・熊野・尾鷲を合わせても地元の見込み客が少ないし、入り込み観光客も計算できなかったので、国の基準に達し無く消えました。
 なんだかんだで、「インフラ」というやつは整備できませんでした。

 このへんで一番近い飛行場は「南紀白浜飛行場」ですね。
 羽田便はずっと飛んでいましたが、ここから東京へゆくのに乗りにゆく飛行場ではありません。
 この白浜飛行場は国際線乗り入れを目指して国際線ターミナルを整備しています。
 和歌山県は「インバウンド」なんて言葉が一般的になる前に、韓国・台湾などからの外人観光客の誘致に熱心でした。
 ようやく飛行場の整備ができて韓国からチャーター便が飛んでくるようになったと思ったら、今回の出来事です。
 いつまでもではないでしょうけど、収まっても韓国の状況が海外旅行に向かう状況になるかどうかも不明ですね。
 白浜温泉も一時期よりは盛り返して大きなホテルが並んだのですが…
 観光「というやつはかなり水物ですし、客が来なければ人員整理…
 そして閉館というのが繰り返されています。
 その点、熊野市は世界遺産になってからも、景気が良いほど客も来ていないから冷え込みも少ないのかも知れません。
 考えてみれば、バブルの頃も景気が良くならなかったけど弾けた時もよく分かりませんでしたね。
 地理的のも経済的にも「田舎」なんですね。

 御浜町に外人さん向き?の宿泊施設が出来るとか言われていますが、この辺は公共交通機関がまともに機能していないのでどうなのかな?とも思いますが…
 歩くのを苦にしない人の多い外人さんも、阿田和からは何処へゆくにも距離が少々大きいように思います。
 昔は三重交通がどんどん走っていたのですけどね。
 熊野交通・奈良交通まで走った時代もあります。
 あの時代は新宮の集客力も大きかったのですけどね。
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# by je2luz | 2019-09-06 04:25 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 05日

本当に普及しているの?

 テレビなどでは結構取り上げられるし、政府も力入れているそうですが、「キャッシュレス決済」って、どれくらい普及しているのでしょう?
 私などは田舎暮らしの高齢者ですから、周りで活用しているのなど見ません。
 私は「クレジットカード」を持ったのは結構早かったです。
 1970年頃に作りましたが、その頃は使える店は少なかったです。
 海外に出るにはクレジットカードがないと不便でした。
 レンタカーなどもクレジットが前提でしたしね。
 どれ以来ずっと持っていますし、スーパーやホームセンターの相乗りカードもあります。
 でも、最近はETCカードを使うとかアマゾンで買い物する時以外は使いませんね。
 田舎では「スイカ」「イコカ」のような日常使いカードを持っている人は少ないです。
 その分、プリペイドとかキャッシュレスが身近にはないのです。
 人口の4割が老人ですからね。

 さすがに、今の老人はそこそこ「スマホ」「携帯」は持っていますが、「お財布携帯」「GRコード」「なんとかペイ」なんて縁がない人が多いでしょう。
 私も「QRコード読み取りアプリ」は入っていますが、WiFiの設定くらいしか使いみちがありません。
 10月までに導入しないとポイント還元が受けられない???
 でも、コンビニは使わないし、田舎では商店が殆どないし…

 先日、新宮で一番売れている土産物名店で買い物しましたが、「携帯決済」は導入していませんでした。
 あれだけの店でも導入していないのですから、導入した店は多くないでしょう。
 「うれしがり」の店主でないと面倒さが先に立つでしょうね。
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 そもそも、私はオークワで買い物して貯まるポイント以外は貯めたことないですね。
 熊野市内の「ゆうゆうスタンプ」は長年の間に印刷屋さんで貰ったりしたのが結構溜まっていますが、今の生活では使える店もなし…
 女の人は財布いっぱいに会員スタンプカードを入れている人が多いですが、消費税還元はあれとは別ですよね。
 ややこしい話になりそうです。

 ところで「ふるふる」なんて機能でポイント盗まれたりするトラブルは起きないでしょうね。
 なにしろ、ガードの甘い日本のNET社会ですからね。



# by je2luz | 2019-09-05 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 04日

321種目 10616人

 東京オリンピックの競技数と参加選手数が表題のように、321種目10616人になるそうですね。
 オリンピックに金がかかりすぎるから、コンパクトにしようなんて言い出されても一向にそうなりませんね。
 東京なんて「コンパクトオリンピック」なんて最初は言っていたけど、「復興五輪」なんて付け加えて福島まで会場が広がったし…
 競技場も国立競技場の建て直しだなんだと、結局は公共事業優先みたいです。
 おまけに、競技者の健康が心配される汚れた東京湾にはめ込んだり…
 まあ、なんとも訳のわからない話です。
 
 水泳 49種目
 アーチェリー 5種目
 陸上 48種目
 バドミントン 5種目
 バスケットボール 4種目
 ボクシング 13種目
 カヌー 16種目
 自転車 22種目
 馬術 6種目
 フェンシング 12種目
 サッカー 2種目
 ゴルフ 2種目
 体操 18種目
 ハンドボール 2種目
 ホッケー 2種目
 柔道 15種目
 近代5種 2種目
 ボート 14種目
 ラグビー 2種目
 セーリング 10種目
 射撃 15種目
 テコンダー 8種目
 テニス 5種目
 トライアスロン 3種目
 バレーボール 4種目
 ウエイトリフティング 14種目
 レスリング 18種目
   追加種目
 野球・ソフト 2種目
 空手 3種目
 スケートボード 4種目
 スポーツクライミング 2種目
 サーフィン 2種目

 馴染みのない競技も多いです。
 追加競技は次のときにはあるかどうかわからないものですね。
 もっとわからないのが「パラリンピック」ですね。
 障害の部位が違う人が競うので競技の区分が素人ではとても分かりません。 
 ただ、義足がものすごく進化して、検証者と同じように走れたり飛んだり出来るようです。
 車椅子も随分進化したようです。
 他の面でもパラリンピックが色んな進歩に寄与したようです。
 「パラリンピック」は日本が発祥だそうですね。
 その割には「バリアフリー」などでは先進国でもないようです。
 箱物とかには興味があっても、マンパワーで遅れ気味だとか…
 「お節介な人」が減ったこともあるでしょうね。
 変なふうに法律を解釈して動きにくくしていますね。
 「個人情報」「肖像権」「著作権」… 神経質すぎませんか?
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# by je2luz | 2019-09-04 04:25 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 03日

AMAZON

 「AMAZON]が大変なことになっていますね。
 アマゾンと言っても「GAFA」の一角の企業ではありません。
 世界最大の川で、地上最大の熱帯雨林を抱える大河です。
 その流域でとんでもない火災が広がって、宇宙からもはっきり見えているようです。 アマゾン流域では少し前から、熱帯雨林の伐採、農地化による環境破壊が心配されてきました。
 その元凶はアメリカの農業資本だと言われてきました。
 日本で考えられる「開墾」とはスケールが違い、県単位を超える乱開発で緑が消え、地球の酸素供給が減ると心配する向きがありました。
 今度の火災は地元ブラジル政府、大統領の施策のせいだとも言われますね。
 「焼き畑」を奨励?したので火を放つのが増え、停められん瀑なったようです。
 この火災が止まらないと、一旦は煙で気温の落ちるところがあっても、一酸化炭素はずっと残って気温のl上昇を招きますね。
 火山灰より始末が悪いし、人為的なもので最悪ですね。
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 カリフォルニアの火災の時もそうですが、こうしたときには放火して回る連中も出るそうです。
 今回は大統領支持者のいち部が放火に加担しているとか…
 どうも、最近の国家の指導者はおかしいのが増えているようです。

 アマゾンには円がありそうでゆかずじまいです。
 学生時代に探検・取材隊を組織して入る計画を立てたのですが、お口の地図がなかった時代なので隊員の確保ができずに断念しました。
 カメラ。フィルム・クルーザーなどの見込みは付いたのですが、休学して命の保証のない探検には飛び込むやつが少なかったのです。
 次の機会は「三重県・サンパウロ州友好三〇年記念使節団」で渡伯した時、スケジュールではアマゾンへの観光があったのですが、熊野市はバストス市と姉妹都市ですから、その県の使節団が観光に出る週末にバストス訪問を入れて公務を続けたので「アマゾン」を見ること無く終わりました。
 「縁がない」ということですが、アマゾン流域が作った酸素を少しは吸って生きてきたはずです。
 地球上のことはよそ事ではないわけです。



# by je2luz | 2019-09-03 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 02日

SEPTEMBER 長月 

 新暦の暦でも、9月といえば空きらしく感じます。
 季節にあっている旧暦では、今は8月、中秋です。
 ほぼ一ヶ月遅れているので、「中秋の名月」は14日です。
 今年は敬老の日が16日月曜なので14・15・16日と連休です。

 中秋の名月に南牟婁郡周辺で行われる「たばらして・たばらせて」はこの14日にやるのかな?
 この風習は全国広くあったようですが、日本のハロウィーンです。
 お月見にお供えしたものを子どもたちがもらいに回ったものです。
 「供え物を賜ばる」から来たのでしょうね。
 昔は「蒸した芋」「月見団子」などを貰ったそうですが、今では「袋菓子」が用意されているようです。
 西洋ほど図々しくないので、「くれないと悪さするぞ!」なんて言いません。
 今の子は「おおきにー」と言うそうです。
 残念ながら私が育った頃には飛鳥町小阪地区にはその習慣は残っていませんでした。
 爺さんに言わせると、「もらう」ではなく「盗んだ」そうですけどね。
 「だんなし・旦那衆」でなければゴジャゴジャ居る子どもたちに配る余裕はなかったのでしょうね。
 小作制度のあった時代の貧富の差は大きかったですからね。
 「おしん」のドラマではもう一つその面が描けていませんでしたね。
 まあ、奉公に出されてからがメインでしたからね。

 今月は21・22・23(秋分の日)と三連休がもう一回あります。
 その頃になると昼間もすっかり秋めくのですけどね。
 心配なのは「秋台風」ですね。
 伊勢湾台風は昭和34年(1959)9月26日に潮岬に上陸しています。
 伊勢湾台風は895hPsと言うおばけ台風でした。
 室戸台風・昭和9年9月21日 第二室戸台風・昭和36年9月16日
 狩野川台風昭和33年9月27日 
 地名が付けられる台風は被害が大きかったものです。
 細かい台風が数来る方が良いのかも知れません。
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 これが伊勢湾台風の進路です。
 この辺はもちろん、伊勢湾全域が台風の右側に入ったので、風。雨。高波、高潮全てが大きくなったのです。
 おまけに上陸しても勢力が落ちなかったようです。
 名前がつくような台風は来なくて良いです。

 風流に…
 いまこむと いひしばかりの ながつきの
 ありあけのつきを まちいでつるかな   素性法師
 坊主めくりだと「坊主」になります。
 有明の月となるとよも更けて9時半10時にお話ですから、テレビもなかった時代では待ちかねたでしょう。



# by je2luz | 2019-09-02 04:24 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 01日

手荷物

 オリンピックがあるから保安上の観点からもJRでは旅客の手荷物の取り扱いが変わるそうです。

 昔は少し大きな駅には「赤帽」という人がいました。
 荷物が大きくて持て余す人は「赤帽さん」」に頼むと、乗る汽車まで運んでくれるし、降りた時は降りた場所から乗り換え場所やタクシー乗り場などまで運んでくれました。
 名前の通り、かぶっていた学生帽のような帽子が赤でした。
 ヨーロッパの駅にもそうした人が居ました。
 昔は旅の荷物は「柳ごおり」とか「トランク」で車なんは付いていませんでした。
 それに、汽車が遅くて旅の日にち長かったからかも知れませんが、荷物が大きかったです。
 まあ、今でも外人さんは日本人より大きな荷物の人が多いですけどね。
 今では日本人も普段から車のついたカバンを持った人が多いですね。

 もう一つ、日本の国鉄にも「チッキ」と言う「手荷物扱い」がありました。
 「チッキ」は「チケット」の訛りでしょうね。
 きっぷを買ってから、手荷物を駅で国鉄に預けると目的の駅まで運んでくれました。
 そのためか旅客列車には手荷物用の車両が連結され別枠の車掌も載っていました。
 本来は列車が着いて少しすれば荷物を受け取れるはずなのですが、うまく機能しなきううなっていたようです。
 その代わりに、「宅配」制度があったので、私なども「布団づつみ」なんて大きなものも「チッキ」で送りました。
 紀伊木本駅(熊野市駅)にも向かって左の端に「手荷物取扱窓口」がありました。
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 こんな車両が連結されていました。
 「郵便車」なんてのもありました。

 今度の手荷物扱いの変更は少し違いますね。
 ずっとやるつもりかな?
 最初は結構揉めそうな気もします。
 新幹線には成田ラインなどのような荷物スペースがないので座席減らす改造が必要かもしれませんね」。
 インバウンドのお客さんは荷物も多いし…
 何しろ、途中で大きなカバンに買い替えて、前のを駅や空港に捨てるんだそうですからね。
 オリンピックになるとそうした物は「不審物」で「爆発物処理班」の出番なんでしょう。
 紀勢線などは縁がないですが…



# by je2luz | 2019-09-01 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 31日

2,019熊野大花火大会 考察4

 今回は熊野大花火大会の主役、大トリを飾る「鬼ヶ城大仕掛け」について考えます。
 私の子供の頃から「鬼ヶ城の仕掛け」は木本の人の楽しみでした。
 今のように洗礼された花火ではなかったのですが、鬼ヶ城の仕掛けは磯に仕掛けた花火が地べたで爆発し、爆風と轟音そして地響きが木本の町を揺すったのです。

 磯の上には雑木山があります。
 磯で尺玉を破裂させるとその火の玉で山に火が付きます。
 雨の後だとましなのですが、お盆の頃って山が乾燥していることが多いので毎年のように「ボヤ」が出ていました。
 山の上には木本消防団の団員が身を潜めていて、火が入ると初期消火にかかるのですが、結構長い時間燃えたこともあります。
 山は確か個人の所有だと思います。
 雑木山ということもあるし、火が入っても賠償などしないで来たはずです。
 山主も「鬼ヶ城の仕掛けだから仕方ない」と諦めてくれていたようです。

 一昨年は警察の意向行とかで鬼ヶ城大仕掛けの鬼ヶ城仕掛けらしい魅力である「巖頭の轟・尺玉自爆」が中止されました。
 そして、この結果、花火終了と同時に観客からの不満が吹き出しました。
 私も当時は議員でしたから、「熊野の花火を殺す氣か!」と議会で正式に発言し、もとに戻すよう要求しましたし、熊野の花火を知るほとんどの人から復活を望む声が出て、一年で「中止が中止」になりました。
 そして去年は復活して胸をなでおろしたのですが…

 今年の「鬼ヶ城大仕掛け」は前半分の演出は素敵でした。
 随分垢抜けしていました。
 しかし…
 後半の「自爆」部分がいけません。
 玉が脇浜・木本漁港防波堤の影部分に全部据えられていました。
 以前は広い範囲に据え付け、鬼ヶ城の色んな凹みが反射装置になり轟音が増幅され、観客の方に押し寄せていたのですが、今年は場所の関係でかなりカットされていました。
 花火も半円に開かず、岸壁に隠され、扇形でした。
 あの位置なら据え付けの楽だろうし、火の粉が上にも飛ばないでしょうけどね。
 でも、半世紀以上も「鬼ヶ城大仕掛け」を見てきた者にとっては「気の抜けた自爆」になってしまったのです。

 「鬼ヶ城大仕掛け」が「熊野大花火大会」が全国でも上位にランク付けされる要因なのです。
 これを骨抜きにしたのでは他所の花火に勝てなくなります。
 今一度、検討し直して「鬼ヶ城らしい仕掛け」を作って欲しいですね。
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# by je2luz | 2019-08-31 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 30日

2019熊野大花火大会 考察3

 三回目ですから、花火本体について気がついたことを少し書きます。
 毎年、春に、「試射会」があり、新しい花火のテストなどあります。
 中々、実用までは持って行きにくいようですが、全国の花火屋さんが新しいものを求めてしのぎを削っているようです。
 まん丸に開いてパッと消えるのが良いとされた時代、星の色が変わるようになり、白い花火が流行りだし、星が暴れ回るのやら・・・
 「ニコちゃんマーク」「サカナ」「ねこ」などを作るのも流行りましたが、中々、観客の方にうまく向いてくれなかったり・・・
 水平に開いちゃうとただの線ですからね。
 最近は少し派手なものが多いようです。
 大きな玉で無くても色んな開き方が出来るように考えられてきたようです。
 それに、打ち上げのタイミングも導火線時代と違い正確ですから、いくつか一緒に打ち上げてもほぼ同時に開きますね、
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 ここでもやったことがありますが、音楽に合わせて打ち上げるのもあるくらい正確にやれるようになったようです。
 ただ、光の速度と音の速度が違いすぎて広い観客席ではうまく乗れないようです。
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 船から投入する海上自爆もこのように台船からの打ち上げとタイアップさせるようになり間延びしなくなりました、
 この船が走るセンターも少し井戸の方によりましたね。
 放送のスピーカーも花の窟神社の所まで引っ張ってありますね。
 今年のように観客が少ないと展開する場所が広がったのの意味が分からなくなります。



# by je2luz | 2019-08-30 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 29日

2019年熊野大花火大会 考察2

 今年の花火は少しばかり会場設営など変化しました。
 花火の打ち上げ場所が、鬼ヶ城東口木本港防波堤と三台の台船になりました。
 灯籠焼きの藤の棚(ナイヤガラ)以外は観客席との間に安全地帯を確保し良くなっています。
 もう一つ…
 半世紀余って続いていた本部席も動いたようです。
 少し前から観客席を井戸方面に動かす動きがあったのですが、とうとう、持ってゆく気?
 まあ、「木本の花火」でなくなって半世紀以上経つでしょうね。
 三尺玉自爆も我が家の前だったのが松原の前に持っていったようです。
 でも、最大の「鬼ヶ城大仕掛け」は持って行けません。
 だから、ベストポジションは木本の浜ですね。
 良かったです、「鬼ヶ城大仕掛け」で「獅子岩大仕掛け」や「花の窟大仕掛け」にはできませんからね。
 鬼ヶ城の仕掛けがメインであるうちは、木本の浜が中心を守れます(笑)
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 こうした配置は今年が土曜日開催で観客が膨れ上がるという見込みも少しあったのでしょう、(いい風に解釈します)
 それに近年お花火大会は全国的に北京オリンピック的に幅広く打ち上げるのが流行っているようですからね。
 七里御浜・熊野灘と使うのでいくらでも広く展開できますけど、やたらとワイドなのばかりになると、観衆の目に全部は入りません。
 私の使う12-24mm超ワイドでも当然入りません。
 動画でも、うんと離れたところに構えないと駄目です。
 要害山でもひきが足りないでしょう。



# by je2luz | 2019-08-29 04:15 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2019年 08月 28日

2019年熊野大花火大会 考察1

 2019年の熊野大花火大会は9日も延びましたが、天候に恵まれ、適当な陸風もありうまく出来ました。
 明くる日の27日はお昼ごろから小雨が降ってきました。
 延びるは降るは…だったら踏んだり蹴ったりでしたけどね。

 延びたし、当日が月曜日だったししたので、道路は終始空いていました。
 主催者発表で8万人の来客だそうです。
 毎年我が家に車を停めていた伊勢の人は延期できませんでした。
 石垣の外で近年店を出している、「ケバブ」「トルコアイス」の露天はマアマアの売上は確保できたようです。
 あまり大勢が吐き出されてくると、歩道のそばで店をやっても近寄れる人人も限られるし、立ち止まると邪魔だし…帰り道の通行人ですから商売しにくいけど、今年ほど空いていると立ち止まっても後ろから押されないし、通行人の数の割に売れたのかも知れません。
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 来年の8月17日は同じ月曜日ですが、今年の道路状況はあまり参考にはならないでしょう。
 同じ月曜だからと言って、浜は空いているようなら花火の維持が難しくなりますね。

 今年は遊猟端席の前売りが全部売り切れたようです。
 この端席の前売り券は売り切りで延期されても払い戻しはありません。
 事務手続きやコスト的には難しいですね。
 順延程度ではない塩基だったので、前売りを買った人の多くが来られなかったようです、
 この扱いも一考を要するようです。
 ネット販売と来場者チェックをパソコン管理にすれば、繰越とか返金も不可能ではないでしょうけど…
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 もう一つ…
 堤防上桟敷問題です。
 あちこちに空きスペースが出てきました。
 高齢化とかもあって桟敷を組まない人が少しずつ出てきます。
 新しい設置者は武州しないことになっていますから、当然空きが増えますが、その分は観光協会で遊猟堤防席として売り出されるので良いのですが、堤防桟敷の構造上、途中に空きが出てもそこに登るすべもなくて死んでしまうのです。
 秋があるから順番にずれてくれと言っても応じてくれないとか…
 前に書いたように「家の間口だけ沖までその家のもの」という慣習法が生きているわけではなく、ずれても問題ないのですが…
 これも、貸すのが三重県、空き席を使うのは熊野市観光協会というズレが事柄がスムーズに進まない一因でしょう。





# by je2luz | 2019-08-28 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 27日

2019熊野大花火大会 無事終了

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 陸から海に向かうそよ風があり、煙にあまり邪魔され無くて、きれいに見られました。
 詳しくな又書きますが、「今風」が見える感じでした。
 人は少ないし、車の刷毛も早かったです。
 例年は同じ月曜日です。



# by je2luz | 2019-08-27 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 26日

2019年熊野大花火大会 開催

 秋雨前線も気変わりせずに置きに居てくれるようです。
 花火本部では26日開催を宣言していますが、最終決定通知は朝早く号砲で知らされます。
 今はCATVの熊野市行政ちゃんねるで流れますから、市内全域でわかります。
 
 昔は広間も景気づけの号砲がたくさん上がりました。
 その合法には「ビラ」が入っていてひらひらと舞い降りてきたものです。
 風まかせですから何処に落ちるかは空を見上げて追いかけます。
 追いかける理由は…
 そのビラに「当たり」が入っていたのです。
 「和田松ーアイスキャンデー」「小松屋ーアイスキャンデー」なんてのがあったし、お菓子など贅沢な時代でしたから木本の子供は目の色を変えて追いかけていました。
 街なかでは他所の庭や屋根に落ちるのでそれを取りに行ったり、風向きでは海に落ちるので泳いで取りに行ったり…
 中学生くらいでないと拾えませんでしたし、私が大きくなる頃には無くなってしまいました。
 今やったら、大問題でしょうね。
 天王寺から臨時列車は出ていたし、浜では朝まで汽車やバス待ちの人がゴロゴロしていたし、明治座や新明治座などは週や営業で休み場所を提供していたし…
 木本の花火が華やかなりし時代でした。
 「間口の幅で沖までその家のもの」なんて、週間法があり堤防の桟敷は海に面した家しか作れませんでした。
 随分前にそうした週間が消えて、淀の人が桟敷を組み交代がないので不満が出ています。
 何時の時代に取ったのかわからない権利を県が認めているのでおかしくなったのです。
 貸してはいけない団体に貸した時代もありましたね。
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 20時になっても露天商さんのトラックが並びません。
 寂しい花火になるのかも・・・



# by je2luz | 2019-08-26 04:00 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 25日

国際会議

 「国連」があるのに、国際会議って多いです。
 「G7」「G20」「ASEAN」…随分色々あって各国首脳も飛び回って居るようです。
 集まる前には事務方での折衝が行われ、結論に近いところまで追い込んでいるようですが、やっぱり、顔を合わさないといけないのでしょう。
 その移動には飛行機が使われていますが、フライトを受け持つスタッフはもちろん、受入国の空港・管制機関、上空通過国の管制機関…スケジュールなどはふせられているにしても神経をとがらせるでしょうね。
 鈍重な旅客機を使っていますから…
 
 昔は総理大臣が外遊すると「引退の花道」なんて言われました。
 大体、「外遊」なんて表現されるような扱いだったのですね。
 表敬訪問しているうちに国内ではクーデターこそ起きないけど、引退へ向かう花道に赤絨毯が敷かれるなんて政治劇もあったようです。
 後進国では本当のクーデターまで起きていますからね。

 首脳が集まって会議を開いていますが、どうも、形だけに終わるものが食えているようです。
 アメリカと中国は端から話し合いができる状況ではないし、EUなどその中でも収まりがつかなくなっているし、日韓も・・・
 核兵器があるから戦争できなくなっているという事情があるにしても、二次世界大戦くらいから前なら、戦争になっている状況があちこちで起きていますね。
 代理戦争もしにくい状況ですが、「紛争」は減りません。
 人間が一番残忍な生物だそうですが確かにそうみたいです。
 アメリカ・韓国・日本などはトップの交代がそう遠くない話ですが、中国と北朝鮮は何かが起きない限り変わりませんね。
 いい風にバランスが取れている訳ではないので、交代がある方がいいのでしょうけど、変わらない国がどう動いてゆくのやら…
 お隣の国だけに気にはなりますね。
 中国には香港・台湾・マカオの問題があり、韓国には北朝鮮問題があります。
 内政問題だけどそれにはとどまらないし・・・

 他所様の事心配している間に国内もどうなるのやら解りにくいです。
 大臣の名前もよく分かりませんが、政党の名前や党首も解りにくいです。
 来年には解散総選挙???
 オリンピックも終わって景気は谷底へ…
 「それでも地球は回っている…」
 ガリレオさんが言うように、地球は回っているでしょうけどその上に暮らしている人間は???
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# by je2luz | 2019-08-25 04:25 | 雑感 | Trackback | Comments(0)